The Prodigy(ザ・プロディジー)は、イングランド南東部エセックス州ブレインツリーで1990年に結成されたエレクトロニック・グループです。アシッドハウスとレイブの現場から出てきたのに、最終的にはロックフェスの大トリを務めるところまで行ってしまった。ダンスミュージックとロックのあいだにあった壁を、力任せに壊してしまったグループだといえます。
音の中心にいるのはリアム・ハウレット。分厚く歪んだブレイクビーツに、サンプリングとギターのリフを叩き込む——のちに「ビッグビート」と呼ばれることになる手法を、彼らはほぼ独力で確立しました。そこにキース・フリントの叫びとマキシムの低い声が乗ると、クラブの音楽が突然、モッシュピットの音楽になります。
この記事では、プロディジーがどんなグループなのかを整理したうえで、7枚のスタジオアルバムを発表順にたどりながら代表曲を1曲ずつ紹介していきます。「Firestarter」だけは知っている、という方にこそ読んでいただきたい内容です。
The Prodigy(ザ・プロディジー)とは?
レイブの現場から出てきたグループ
結成は1990年。中心人物のリアム・ハウレット(1971年生まれ)は、当時ヒップホップのDJとして活動していた人物です。地元のレイブでプレイしていたハウレットが、客としてフロアにいたキース・フリントとリロイ・ソーンヒルに自作のデモを渡したことがきっかけになりました。翌1991年にはマキシム(本名キース・パーマー)が加わり、ハウレットが曲を作り、残りの3人がステージ上で踊る・煽るという独特の体制が固まります。
つまり、フリントもソーンヒルも最初はダンサーでした。マイクを握るのはマキシムで、フリントは客席に向かって踊り狂う役。この「ダンサーがいるダンスミュージックのグループ」という形が、彼らのライブを単なるDJセットとはまったく違うものにしていきます。
最初のヒットは1991年のシングル「Charly」。イギリスの子ども向け公共広告フィルム『Charley Says』の音声をサンプリングした曲で、全英シングルチャート3位という結果を出しました。ただしこの成功は、子ども番組の音源を貼り付けただけの模倣曲を大量に生む「キディ・レイブ」ブームの引き金にもなり、音楽誌『Mixmag』からは厳しい批判を受けています。プロディジーの出発点には、こうしたシーンとの摩擦がずっとついてまわりました。
プロフィール
| メンバー | リアム・ハウレット(プログラミング/キーボード)/マキシム(ボーカル) |
| 旧メンバー | キース・フリント(ボーカル・ダンス/2019年逝去)/リロイ・ソーンヒル(ダンス/2000年脱退) |
| 結成 | 1990年 |
| 出身地 | イングランド・エセックス州ブレインツリー |
| ジャンル | ビッグビート/ブレイクビーツ/エレクトロニック・ロック |
| デビュー | 1992年(1stアルバム『Experience』) |
| スタジオアルバム | 7枚 |
| 主な受賞 | ブリット・アワード最優秀ブリティッシュ・ダンス・アクト(1997年・1998年)、MTVビデオ・ミュージック・アワード |
ダンスミュージックをロックの客席まで運んだ
彼らの立ち位置を決定づけたのは、1994年の2作目『Music for the Jilted Generation』です。野外レイブを事実上取り締まる内容を含んだ「刑事司法・公秩序法(Criminal Justice and Public Order Act 1994)」への怒りを軸にしたこのアルバムは、全英アルバムチャートで初の1位を獲得。歪んだギターを大胆に取り込んだことで、ロックのリスナーが一気に流れ込んできました。
そして1996年の「Firestarter」で、風景が変わります。この曲でキース・フリントが初めてボーカルを担当し、両サイドを逆立てた髪に真っ赤なメイクという姿でカメラの前に立ちました。シングルは全英1位を3週にわたって記録し、プロディジーは「顔のあるダンスグループ」になったのです。翌1997年の『The Fat of the Land』は全英とアメリカのアルバムチャートを同時に制し、世界で1,000万枚規模のセールスを記録しました。
受賞歴も1990年代後半に集中しています。ブリット・アワードの最優秀ブリティッシュ・ダンス・アクトを1997年と1998年に連続受賞し、MTVビデオ・ミュージック・アワードでは「Breathe」がビューワーズ・チョイス(1997年)、「Smack My Bitch Up」が最優秀ダンス・ビデオとブレイクスルー・ビデオ(1998年)を獲得。マーキュリー・プライズには1994年と1997年に、グラミー賞には1998年と2005年にノミネートされました。
2000年にソーンヒルが脱退したあとも、彼らは全英アルバムチャート1位を積み重ね続けます。そして2019年、キース・フリントが49歳で亡くなるという最大の断絶を経験しました。現在はハウレットとマキシムの2人が核となり、2022年からライブ活動を再開しています。
The Prodigyのおすすめ曲・アルバム
1stアルバム『Experience』(1992年)
1992年9月28日リリースのデビューアルバム。全英アルバムチャート12位、イギリスでプラチナ認定(30万枚以上)を獲得しました。すでにシングルで結果を出していたグループが、当時のレイブシーンの熱をそのままパッケージした作品です。
BPMは速く、ブレイクビーツは荒く、シンセは派手。のちの重々しいプロディジー像とはかなり違い、ここにあるのは多幸感と凶暴さが同居した「ブレイクビーツ・ハードコア」です。全曲をハウレット1人が書き、プロデュースしています。入門としては後述の3作目のほうが入りやすいですが、彼らの根っこを知るには避けて通れない1枚です。
『Charly』
1991年8月にシングルとして発売され、全英シングルチャートで2週にわたり3位を記録した最初のヒット曲です。曲名の由来は、1970年代にイギリスで放送されていた子ども向け公共広告フィルム『Charley Says』。「知らないところへ行くときは必ずママに言うこと」というナレーションと、猫の鳴き声がそのまま使われています。
聴きどころは、ふざけた素材と本気のブレイクビーツのギャップです。猫の声が跳ねる上を、容赦ないキックとアーメンブレイクが走り抜けていく。この曲がきっかけで似たような子ども番組サンプリング曲が乱発され、シーンから「トイタウン・テクノ」と揶揄される原因にもなりましたが、当の本人たちはその後まったく別の方向へ突き進んでいきました。
『Everybody In The Place』
1991年12月30日に発売された2枚目のシングル。全英シングルチャート2位まで上昇し、彼らが一発屋ではないことを証明した曲です。アルバムには「Everybody in the Place (155 and Rising)」というバージョンで収録されています。
タイトルどおり、フロア全体を名指しで動かすための曲です。ピアノのリフとホーンのような合成音が短いフレーズで繰り返され、そこにハイスピードのブレイクビーツが被さっていく。構成はシンプルですが、上昇していく感覚の作り方が見事で、30年以上経ったいまでもライブの定番として演奏され続けています。
『Out Of Space』
1992年11月9日発売、全英シングルチャート5位。『Experience』からの4枚目のシングルで、ジャマイカのシンガー、マックス・ロメオの1976年の名曲「Chase the Devil」と、ウルトラマグネティックMC’sの「Critical Beatdown」をサンプリングしています。1993年春にはMTVヨーロッパでヘビーローテーションされ、彼らの名前を英国外へ広げた曲になりました。
レゲエのボーカルとヒップホップのラップ、そしてレイブのブレイクビーツが1曲に同居しているのが面白いところです。「I’ll send him to outer space」という一節が繰り返されるだけで、曲の重心が地面から浮き上がっていく。ジャンルの出自を気にせず使えるものを全部使う、というハウレットの姿勢がはっきり出た一曲です。
収録曲
- Jericho
- Music Reach (1/2/3/4)
- Wind It Up
- Your Love (Remix)
- Hyperspeed (G-Force Part 2)
- Charly (Trip into Drum and Bass Version)
- Out of Space
- Everybody in the Place (155 and Rising)
- Weather Experience
- Fire (Sunrise Version)
- Ruff in the Jungle Bizness
- Death of the Prodigy Dancers (Live)
2ndアルバム『Music for the Jilted Generation』(1994年)
1994年7月4日リリース。全英アルバムチャートで初の1位を獲得し、イギリスで2×プラチナ認定を受けました。マーキュリー・プライズにもノミネートされ、批評面での評価を確立した作品です。
テーマは明確で、レイブカルチャーの商業化への苛立ちと、野外パーティーを事実上違法化した「刑事司法・公秩序法」への抗議。3曲目「Their Law」ではポップ・ウィル・イート・イットセルフを迎え、歪んだギターリフを正面から鳴らしています。タイトルの「jilted generation(見捨てられた世代)」が示すとおり、祝祭的だった1作目から一転して怒りと緊張が支配する1枚です。ここでロックの手触りを手に入れたことが、次作の爆発につながりました。
『No Good (Start The Dance)』
1994年5月16日発売、同年6月12日に全英シングルチャート4位を記録した先行シングルです。核になっているのは、アメリカのシンガー、ケリー・チャールズが1987年に発表した「You’re No Good for Me」のボーカルサンプル。ハウレットは当初「自分の趣味には甘すぎる」とこのサンプルの使用をためらったと語っています。2012年にはNMEの「1990年代の楽曲ベスト100」で33位に選ばれました。
聴きどころは、甘い女性ボーカルを刻んで執拗に反復させることで、逆に不気味さを生み出している点です。ウォルター・スターンが監督したミュージックビデオも強烈で、ロンドン東部スピタルフィールズ市場の地下の廃倉庫で撮影され、拘束衣を着せられたキース・フリントが煙の充満したアクリルの箱に閉じ込められる場面が登場します。
『Voodoo People』
1994年9月12日発売、全英シングルチャート13位。ギターリフはニルヴァーナ「Very Ape」を下敷きにしたもので、ランス・リドラーが演奏しています。2005年にはペンデュラムによるドラムンベース・リミックスが発売され、こちらも全英20位に入りました。
ざらついたギターリフ、部族的なパーカッション、そして印象的なフルートのフレーズ。ロックとテクノのどちらでもない場所に立っている曲で、当時の批評家が「サイケデリックなギターとフルートに突かれた、ざわめくトライバル・テクノ」と表現したのがよく分かります。ライブでは終盤の山場として長く使われてきた曲です。
『Poison』
1995年3月6日発売、全英シングルチャート15位。アルバムからの最後のシングルで、マキシムがリードボーカルを取っています。チャート順位だけを見れば地味ですが、プロディジーの曲におけるボーカルの比重を大きく変えた転換点として重要な曲です。
重心の低いベースラインが延々と続き、その上をマキシムの低く押し殺した声が這う。BPMを落とし、隙間を多く取った構成は、それまでの高速ブレイクビーツとはまったく別種の緊張感を生んでいます。次作でキース・フリントがマイクを握る流れは、この曲があってこそ自然に見えるものでした。
収録曲
- Intro
- Break & Enter
- Their Law (Featuring Pop Will Eat Itself)
- Full Throttle
- Voodoo People
- Speedway (Theme from Fastlane)
- The Heat (The Energy)
- Poison
- No Good (Start the Dance)
- One Love (Edit)
- The Narcotic Suite: 3 Kilos
- The Narcotic Suite: Skylined
- The Narcotic Suite: Claustrophobic Sting
3rdアルバム『The Fat of the Land』(1997年)
1997年6月30日リリース。全英アルバムチャート1位、初週の売上は31万7,000枚で、当時のダンスアルバムとしては最速の売れ方でした。さらに同年7月19日付でアメリカのBillboard 200でも1位を獲得し、イギリスでは5×プラチナ、アメリカでも200万枚を大きく超えるセールスを記録。世界全体では1,000万枚規模に達したとされています。
グラミー賞では最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム部門にノミネート(受賞はレディオヘッドの『OK Computer』)、マーキュリー・プライズにも再びノミネートされました。ここでのプロディジーはもう完全にロックバンドの顔をしており、キース・フリントという強烈なフロントマンを得たことで、音楽性と見た目が一致します。クール・キースやクーラ・シェイカーのクリスピアン・ミルズ、サフロンらゲストを迎えた構成も、アルバムの振れ幅を広げました。物議を醸した「Smack My Bitch Up」についてはこの記事の後半で詳しく触れます。
『Firestarter』
1996年3月18日発売。全英シングルチャート1位を3週にわたって独占し、アメリカのBillboard Hot 100でも30位に入りました。キース・フリントが初めてボーカルを担当した曲で、ザ・ブリーダーズ「S.O.S.」のワウギター、アート・オブ・ノイズ「Close (to the Edit)」のボーカル断片などが使われ、キム・ディールも共作者としてクレジットされています。イギリスの『ガーディアン』紙が選んだ「英国の全英1位シングル ベスト100」では8位に選出されました。
この曲の破壊力は、音と映像の両方にあります。ウォルター・スターン監督のモノクロのミュージックビデオは、ロンドン地下鉄の廃駅オールドウィッチのトンネルで撮影され、髪を逆立てたフリントがカメラに向かって不気味に踊り続けます。『Top of the Pops』での放送後、BBCには「子どもが怖がる」という苦情が寄せられ、映像の扱いが制限されました。歌詞は「俺が火をつける張本人だ」と名乗るだけの短いフレーズの反復で、意味よりも威嚇として機能しています。
『Breathe』
1996年11月11日発売。「Firestarter」に続いて全英シングルチャート1位を獲得し、2作連続の全英1位となりました。アメリカのモダン・ロック・トラックスでは18位。キース・フリントとマキシムが掛け合いでボーカルを取り、ジム・デイヴィスがギターで参加しています。1997年のMTVビデオ・ミュージック・アワードでビューワーズ・チョイス賞、MTVヨーロッパでもインターナショナル・ビューワーズ・チョイス賞を受賞しました。
骨格になっているのはシン・リジィ「Johnny the Fox Meets Jimmy the Weed」のドラムブレイクで、ウータン・クラン「Da Mystery of Chessboxin’」から抜かれた刀を振る効果音が鋭いアクセントを付けています。「Inhale, exhale」と吐き捨てる導入から、うねるベースが一気に襲いかかる展開は、いまでもライブの序盤で場内を一撃で壊す武器です。ウォルター・スターン監督のビデオでは、廃墟のようなアパートの一室でメンバーが不穏な振る舞いを続けます。
収録曲
- Smack My Bitch Up
- Breathe
- Diesel Power
- Funky Shit
- Serial Thrilla
- Mindfields
- Narayan
- Firestarter
- Climbatize
- Fuel My Fire
4thアルバム『Always Outnumbered, Never Outgunned』(2004年)
日本では2004年8月11日、イギリスでは8月23日、アメリカでは9月15日にリリースされました。全英アルバムチャートでは3作連続の1位、アメリカのBillboard 200では62位。前作から7年という長い空白を挟んだ復帰作です。
特殊なのは制作体制でした。リアム・ハウレットがほぼ1人で、Propellerhead Reasonというソフトウェアを軸に作り上げた作品で、キース・フリントとマキシムは本編にボーカル参加していません(ボーナストラックやリミックスには登場します)。代わりにジュリエット・ルイス、トゥイスタ、クール・キース、リアム・ギャラガーといった外部のゲストが並びます。ファンの評価が割れた1枚ではありますが、ハウレットのプロデューサーとしての引き出しを確認できる作品です。
『Girls』
2004年8月30日発売の復帰第1弾シングルで、全英シングルチャート19位。ブロークン・グラスの「Style of the Street」のフレーズを作り直したフックと、D.トレインの「You’re the One for Me」のサンプリングが使われています。ミュージックビデオはマット・クックとジュリアン・ハウスが監督し、サイケデリックなCGアニメーションで構成されました。
聴きどころは、これまでの「殴ってくる」プロディジーとは違う、跳ねるファンクの感触です。ディスコやエレクトロファンクの手つきでループを組み、歪みは控えめ。ロックのモッシュピット向けではなく、素直に腰にくる曲で、彼らの引き出しの広さを示しています。
『Spitfire』
2005年4月4日にシングルカットされた曲で、アルバムの1曲目を飾っています。チャート順位は控えめでしたが、この時期のライブでは重要な開幕曲として使われ、後年の映像作品や番組でも繰り返し引用されてきました。
刻まれたボーカルの断片が銃声のように短く撃ち込まれ、低く唸るシンセベースがじわじわ圧力を上げていく。メロディで聴かせるのではなく、音の密度と間の取り方だけで緊張を作るタイプの曲です。ボーカリスト不在で作られたアルバムだからこそ、インスト的な構築力が前に出た代表例といえます。
収録曲
- Spitfire
- Girls
- Memphis Bells
- Get Up Get Off
- Hotride
- Wake Up Call
- Action Radar
- Medusa's Path
- Phoenix
- You'll Be Under My Wheels
- The Way It Is
- Shoot Down
5thアルバム『Invaders Must Die』(2009年)
2009年2月23日リリース。全英アルバムチャートで初週9万7,254枚を売り上げ、4作連続の1位を獲得しました。アメリカのBillboard 200では58位、イギリスでは2×プラチナ認定。自主レーベルTake Me to the Hospitalからの発売です。
最大のポイントは、キース・フリントとマキシムが本格的に戻ってきたことです。1990年代の攻撃性を、現代的な音圧で組み直した作品になっています。「Run with the Wolves」ではフー・ファイターズのデイヴ・グロールがドラムを叩いています。グロールからツアーが終わってドラムを叩きたいと連絡があり、送られてきた演奏の最初の10秒から曲ができあがったという経緯も知られています。
『Invaders Must Die』
2008年11月26日にダウンロード配信された先行曲で、全英シングルチャート49位。チャートの数字は控えめですが、7年ぶりに「3人のプロディジー」が戻ってきたことを宣言する役割を担った曲です。
シンセのリフがサイレンのように鳴り響き、その上にタイトルのフレーズが呪文のように重ねられます。歌というより合図に近い使い方で、会場全体が同じ言葉を叫ぶための設計になっている。以降のライブでオープニングを任されることが多いのも納得の構造です。
『Omen』
2009年2月16日発売。発売2週目に全英シングルチャート4位まで上昇し、1996年の「Breathe」以来の最高位を記録しました。全英ダンスチャートでは1位、イギリスではプラチナ認定。ケラング!アワードの最優秀シングルも受賞しています。ミュージックビデオは同年1月19日に公開され、レイブで演奏するメンバーの映像と、グロッケンシュピールを弾く少女の断片が交錯します。
この曲の強さは、シンプルさに徹したことです。4つ打ちに近い推進力のあるビート、耳に一度で残るシンセリフ、そして「Now it’s the time」と繰り返される短いフレーズ。プロディジーの曲としては構造がわかりやすく、彼らを初めて聴く人が最初に選んで間違いのない1曲だと思います。
『Warrior’s Dance』
2009年5月11日発売、全英シングルチャート9位。1980年代後半のハウス、とくにシカゴハウスの空気を強く感じさせる曲で、アルバムの中でも明確に「レイブへの帰還」を打ち出したナンバーです。のちに彼らが主催する大型フェスの名前にもなりました。
ピアノのリフと祝祭的なボーカルサンプルが、プロディジー流の重いキックの上で回り続けます。攻撃性より高揚感が前に出ていて、『Experience』の頃の多幸感をいまの音で鳴らし直したような手触り。凶暴な曲ばかりではないことを確認するのに最適な一曲です。
収録曲
- Invaders Must Die
- Omen
- Thunder
- Colours
- Take Me to the Hospital
- Warrior's Dance
- Run with the Wolves
- Omen (Reprise)
- World's on Fire
- Piranha
- Stand Up
6thアルバム『The Day Is My Enemy』(2015年)
2015年3月30日リリース。全英アルバムチャートで5作連続の1位を獲得し、イギリスでゴールド認定。アメリカのBillboard 200では127位でした。スコットランドでも1位、オランダ2位、スイス3位と、ヨーロッパ各国で上位に入っています。
ゲストの人選が印象的な作品です。タイトル曲にはトリッキーの作品で知られるマルティナ・トップリー・バード、「Ibiza」にはポストパンク的な語りで知られるスリーフォード・モッズ、「Rhythm Bomb」にはダブステップのフラックス・パヴィリオンが参加。全14曲を通して余白がほとんどなく、終始押し切るような構成です。前作で取り戻した攻撃性を、さらに一段濃くした1枚といえます。
『Nasty』
2015年1月12日に発売された先行シングル。アルバムの2か月以上前にリリースされ、6年ぶりの新作を告げる役割を果たしました。6年ぶりの新作を予告する1曲として、公開直後から話題になりました。
聴きどころは、金属質なシンセリフの執拗な反復です。「Nasty」という一語を吐き捨てるボーカルと、ブレイクのたびに畳みかけてくるドラム。3〜4分のあいだ緩む瞬間がほとんどなく、このアルバムがどういう性格のものかを最初に明示した曲になっています。
『Wild Frontier』
2015年2月23日発売の2枚目の先行シングル。アルバムの中盤に置かれた曲で、ライブでも発表後すぐに定番として扱われるようになりました。
不安を煽るようなシンセのフレーズから始まり、キックが入った瞬間に一気に視界が開ける。「Wild frontier」というフレーズの投げ方が挑発的で、フロアを走らせる推進力はこのアルバムでも随一です。プロディジーの新しめの曲から入るなら、まずここを聴いてみるのがいいでしょう。
収録曲
- The Day Is My Enemy
- Nasty
- Rebel Radio
- Ibiza
- Destroy
- Wild Frontier
- Rok-Weiler
- Beyond the Deathray
- Rhythm Bomb
- Roadblox
- Get Your Fight On
- Medicine
- Invisible Sun
- Wall of Death
7thアルバム『No Tourists』(2018年)
2018年11月2日リリース。全英アルバムチャートで6作連続の1位を獲得し、イギリスではシルバー認定を受けました。批評集計サイトMetacriticのスコアは15件のレビューに基づく66点で、NMEは5点満点、アイリッシュ・タイムズは4点を付けています。
全10曲・約40分という引き締まった構成で、余計なものを削ぎ落としたのが特徴です。「Fight Fire with Fire」ではアメリカのパンク/ヒップホップデュオHo99o9、「Give Me a Signal」ではシンガーソングライターのバーンズ・コートニーが参加。結果としてこれが、キース・フリントが参加した最後のスタジオアルバムになりました。
『Need Some1』
2018年7月19日に公開された先行シングルで、アルバムの1曲目でもあります。3年ぶりの新曲として発表され、翌年のフェス出演に向けた狼煙になりました。
ソウルフルな女性ボーカルのループを軸に、四つ打ちに近いビートと重いベースが組み合わされています。プロディジーの曲としては珍しくハウス寄りの気持ちよさが前に出ていて、彼らのレイブ出自を思い出させる仕上がり。アルバムの入口としてよく考えられた配置です。
『Timebomb Zone』
2018年12月6日にミュージックビデオが公開されました。アルバムの中盤に置かれた曲で、発売後の追加シングルとして展開されています。
警報のようなシンセと、跳ねるブレイクビーツの組み合わせが軸。タイトルどおり、いつ爆発するか分からない緊張を保ったまま進み、最後まで解決しないまま終わります。短く畳みかけるこのアルバムの性格がよく出ている曲です。
収録曲
- Need Some1
- Light Up the Sky
- We Live Forever
- No Tourists
- Fight Fire with Fire
- Timebomb Zone
- Champions of London
- Boom Boom Tap
- Resonate
- Give Me a Signal
「Smack My Bitch Up」をめぐる論争
プロディジーを語るうえで避けられないのが、1997年11月17日に発売されたシングル「Smack My Bitch Up」です。全英シングルチャート8位、アメリカのBillboard Hot 100では89位、フィンランドでは1位を記録しました。
タイトルになったフレーズは、ウルトラマグネティックMC’sの1988年の曲「Give the Drummer Some」でクール・キースがラップした「change my pitch up / smack my bitch up」という一節のサンプリングです。曲の後半で印象的に響く女性ボーカルは、シャヒーン・バダールによるもの。インド古典声楽の影響を受けた歌唱で、サンプルのクリアランスの問題から既存音源を使わず新規に録音されました。
騒動の中心はヨナス・アカーランド監督のミュージックビデオでした。一人称視点で、酒と薬に溺れた一夜を延々と追いかける映像です。MTVは当初深夜帯に限って放送し、1997年12月22日には放送そのものを打ち切りました。BBCはインストゥルメンタル版のみを流し、全米女性機構(NOW)は歌詞と映像が女性への暴力を肯定していると抗議。ウォルマートとKmartは『The Fat of the Land』を店頭から撤去しました。
一方でハウレットは、この曲が表現しているのは「何かを激しくやること」であって暴力の称揚ではないと反論しています。実際、1998年のMTVビデオ・ミュージック・アワードではこのビデオが最優秀ダンス・ビデオとブレイクスルー・ビデオを受賞。2010年にはPRS for Musicの調査で「史上最も物議を醸した曲」に選ばれました。賛否を含めて、1990年代のポピュラー音楽が抱えた問題を一曲で映してしまった例です。
キース・フリントの死と、いまのプロディジー
キース・フリントは1969年9月17日、ロンドン東部イルフォードのグッドメイズで生まれました。プロディジーに加わった当初はダンサーで、1996年の「Firestarter」で初めてマイクを握ります。逆立てた髪、顔のピアス、挑発的な目つき——あの姿は、ダンスミュージックに「フロントマン」という概念を持ち込みました。1990年代後半にはFlintという名のパンクバンドも動かしていましたが、アルバムは発売中止となり、シングル1枚を残しています。
2019年3月4日、フリントはエセックス州の自宅で亡くなりました。49歳でした。リアム・ハウレットはInstagramで、彼が自ら命を絶ったことを明かし、深い衝撃を伝えています。世界中のアーティストや音楽関係者から追悼が寄せられ、その多くがステージ上の獰猛な姿とは対照的な、穏やかで優しい人柄に触れていました。
グループはしばらく活動を止めましたが、2022年からライブを再開。現在はリアム・ハウレットとマキシムの2人が核となり、新しいメンバーを迎えたステージで各国のフェスを回っています。2025年には新作の制作をアナウンスし、ハウレットは新しい音を「evil rave(邪悪なレイブ)」という言葉で表現しました。2026年夏には英国とアイルランドで大規模な野外公演「Warrior’s Dance」の開催も発表されています。フリントについてハウレットは「キーフはこれからもずっとプロディジーのサウンドに深く刻まれている」と語っており、いまの彼らを聴くうえで大切な前提になっています。
来日公演の記録
プロディジーは日本にも繰り返し来ています。最初期の1993年にはジュリアナ東京に登場し、1994年8月29日には東京ドームで開催された「avex rave ’94」に出演しました。ドーム規模のレイブイベントに、まだアルバム2枚のグループが立っていたわけです。
1998年1月には『The Fat of the Land』のツアーで幕張メッセ、同年8月2日には「フジロック・フェスティバル’98」に出演。2002年にもフジロックのグリーンステージに立ち、2004年には「エレクトラグライド」で幕張メッセと大阪ATCホールを回りました。2006年の「Their Law」ツアーではZepp名古屋・Zepp大阪・新木場スタジオコーストを巡る単独公演も行っています。
2008年は「サマーソニック」の東京マリンステージと大阪オーシャンステージに出演し、翌2009年には『Invaders Must Die』のリリースに合わせた渋谷AXでのスペシャルギグ、さらに9月には幕張メッセで自主フェス「Warrior’s Dance Fest」を開催しました。2015年は「ソニックマニア」と大阪の「サマーソニック」に登場。そしてキース・フリントの死後としては初めて、2025年8月に「ソニックマニア」と「サマーソニック」のステージに戻ってきました。日本のフェス文化と歩幅を合わせて長く付き合ってきたグループだといえます。
まとめ
The Prodigyは、レイブの現場で生まれた音楽を、ロックの客席まで運んでしまったグループです。『Experience』の多幸感、『Music for the Jilted Generation』の怒り、『The Fat of the Land』の爆発、そして『Invaders Must Die』以降の再構築。7枚のアルバムは、そのつど違う顔をしています。
最初に聴く1曲を選ぶなら「Firestarter」か「Omen」です。前者は彼らを世界的な存在にした決定打で、後者は構造がわかりやすく、いまのライブでも中心にある曲。アルバムから入るなら、まずは『The Fat of the Land』を通して聴いてみてください。そのうえでもっと荒々しいものが聴きたくなったら『Music for the Jilted Generation』へ、レイブ寄りの高揚感が欲しくなったら『Invaders Must Die』へ進むのがおすすめです。
ダンスミュージックとロックを別の棚に置いて考える必要はない——プロディジーの30年以上の活動が証明してきたのは、結局そういうことなのだと思います。


