The Beatles(ザ・ビートルズ)は、イギリスのリヴァプールで生まれ、1960年代のポピュラー音楽を根本から書き換えたロックバンドです。ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの4人が活動したのはわずか10年ほど。それでも彼らが残した曲は、いまも世界中のラジオから流れ、映画やCMで使われ、生まれた時期に関係なく新しいリスナーを獲得し続けています。
ビートルズがすごいのは「ヒット曲が多い」ことだけではありません。デビュー当時のシンプルなロックンロールから、シタールやテープループを使った実験、そして『Abbey Road』の完成度まで、たった7年でここまで変わったバンドはほかにいません。だからこそ「どこから聴けばいいのか分からない」という声もよく聞きます。
この記事では、イギリスでのオリジナル・アルバムを発表順にたどりながら、各作品の代表曲を1曲ずつ紹介していきます。アルバム未収録のシングル、そして2023年に発表された「最後の新曲」まで押さえるので、これから聴き始める人の道しるべとして使ってください。
The Beatlesとは?
リヴァプールの4人が世界を変えるまで
ビートルズの出発点は1960年、イングランド北西部の港町リヴァプールです。ジョン・レノンが率いていたスキッフル・バンドにポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンが加わり、バンド名を数度変えたのち「The Beatles」に落ち着きました。この時期のメンバーにはベースのスチュアート・サトクリフ、ドラムスのピート・ベストがいます。
彼らを鍛えたのは、1960年8月から始まったドイツ・ハンブルクのクラブでの長期出演でした。連日長時間のステージをこなす環境で演奏力とレパートリーを蓄え、リヴァプールに戻ったころには地元で圧倒的な人気を持つバンドになっていました。マネージャーのブライアン・エプスタインが彼らを見出し、プロデューサーのジョージ・マーティンと出会ってEMI傘下のパーロフォンと契約。ドラマーがリンゴ・スターに交代し、1962年10月5日にデビューシングル「Love Me Do」が発売されます。全英17位という控えめなスタートでした。
そこからの加速は異常でした。1963年に「Please Please Me」「She Loves You」が国内を席巻してビートルマニアと呼ばれる社会現象を起こし、1964年2月9日にはアメリカの人気番組『エド・サリヴァン・ショー』に出演。推定7,300万人が見たこの放送が引き金となって、イギリスのバンドがアメリカのチャートを占める「ブリティッシュ・インヴェイジョン」が始まります。
しかし過熱した人気は演奏環境を壊していきました。悲鳴で自分たちの音が聞こえないステージに疲れた彼らは、1966年8月29日のサンフランシスコ公演を最後にツアーから撤退。以後はスタジオに籠もり、『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』『The Beatles(ホワイト・アルバム)』『Abbey Road』といった作品でレコードそのものを表現の場に変えていきます。そして1970年4月10日のポール・マッカートニーの脱退発表をもって、ビートルズは事実上その活動を終えました。
メンバー
| ボーカル、ギター | John Lennon(ジョン・レノン) |
| ボーカル、ベース | Paul McCartney(ポール・マッカートニー) |
| リードギター、ボーカル | George Harrison(ジョージ・ハリスン) |
| ドラムス、ボーカル | Ringo Starr(リンゴ・スター) |
| ベース(1960〜1961年 / 元メンバー) | Stuart Sutcliffe(スチュアート・サトクリフ) |
| ドラムス(1960〜1962年 / 元メンバー) | Pete Best(ピート・ベスト) |
楽曲のほとんどは「レノン=マッカートニー」名義で発表されていますが、実際には2人が別々に書いた曲も多く含まれます。中期以降はジョージ・ハリスンが「Something」「Here Comes the Sun」といった名曲を書き、リンゴ・スターもリードボーカルを取る曲で独特の存在感を残しました。4人それぞれの個性が別方向に伸びていったことが、後期の作品の豊かさにつながっています。
ジョン・レノンは1980年12月8日にニューヨークで射殺され、ジョージ・ハリスンは2001年11月29日に亡くなりました。現在も活動を続けるポール・マッカートニーとリンゴ・スターは、後述する『Now and Then』のように、ビートルズの音楽を更新する仕事にいまも関わっています。
数字で見るThe Beatles
ビートルズの記録は、いま見ても現実感が薄いものばかりです。アメリカのシングルチャートBillboard Hot 100では通算20曲が1位を獲得し、アルバムチャートBillboard 200では19作が1位に立ちました。象徴的なのが1964年4月4日の週で、この週のHot 100トップ5をビートルズの曲だけが独占しています。1組のアーティストがトップ5を丸ごと占めた例は、これ以外にありません。
イギリスでも、デビューアルバム『Please Please Me』が全英1位に30週、続く『With the Beatles』が21週留まり、2作合計で51週連続してチャートの首位を保ちました。全世界での総売上は推定6億枚以上とされ、史上最も売れた音楽アーティストとして扱われています。
評価の面でも、1967年の『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』は翌1968年のグラミー賞で4部門を受賞し、ロックのアルバムとして初めて最優秀アルバム賞を手にしました。1970年の映画『Let It Be』の音楽はアカデミー賞(歌曲賞)とグラミー賞を受賞。1988年には資格を得た最初の年にロックの殿堂へ迎えられ、さらに2025年のグラミー賞では2023年発表の「Now and Then」が最優秀ロック・パフォーマンス賞を受賞しています。解散から半世紀以上たっても受賞歴が伸び続けている、きわめて例外的なバンドです。
The Beatlesのおすすめ曲・アルバム
ここからはアルバムを発表順にたどります。ビートルズのアルバムはアメリカ盤とイギリス盤で曲の入れ替えが激しいため、この記事では現在のサブスクリプションでも基準になっているイギリスでのオリジナル盤(全12作)を軸にしました。番号もそのイギリス盤の順番です。
1st Album『Please Please Me』(1963年)
1963年3月22日発売のデビューアルバム。驚くのはその制作方法で、既発シングルを除く10曲を1963年2月11日のたった1日で録り切っています。約9時間半の収録時間はビートルズ研究家マーク・ルイソンに「録音史でこれほど生産的な585分はなかっただろう」と評されました。
内容はライブのレパートリーをほぼそのまま持ち込んだ構成で、自作曲とカバーが半々。オーバーダブに頼らない一発録りに近い勢いが全編に残っており、ハンブルクとリヴァプールで鍛えられたバンドの生の姿が聴けます。全英アルバムチャートで1位を獲得し、30週にわたって首位を守り続けました。
『Please Please Me』
1963年1月11日にシングルとして発売された2作目。もともとはゆったりしたバラードでしたが、ジョージ・マーティンが「単調な曲だ、テンポを上げよう」と提案して作り直したことで、跳ねるようなポップソングに生まれ変わりました。録音を終えたマーティンは「これが君たちの初の大ヒットだ」と言い切ったと伝えられています。当時複数あった英国チャートのうちNMEとメロディ・メイカーで1位を獲得し、ビートルズの快進撃はここから始まりました。
『I Saw Her Standing There』
アルバム1曲目を飾るロックンロール。ポールの「ワン、トゥー、スリー、フォー!」というカウントから飛び出す構成は、そのまま「ビートルズというバンドの第一声」になりました。ベースラインはチャック・ベリーの曲から借りたとポール本人が認めており、初期の彼らがアメリカのロックンロールとR&Bをどう吸収したかがよく分かる1曲です。シンプルですが、いま聴いてもテンションの高さは一級品です。
収録曲(イギリス盤オリジナル)
- I Saw Her Standing There
- Misery
- Anna (Go to Him)
- Chains
- Boys
- Ask Me Why
- Please Please Me
- Love Me Do
- P.S. I Love You
- Baby It's You
- Do You Want to Know a Secret
- A Taste of Honey
- There's a Place
- Twist and Shout
2nd Album『With the Beatles』(1963年)
1963年11月22日発売。前作から8か月というスピードで届けられた2作目は、予約段階で50万枚の注文が入るという異常事態のなかで発売されました。イギリスでは映画『南太平洋』のサウンドトラックに続いて100万枚を売った2枚目のアルバムとなり、全英1位を21週維持。前作と合わせて51週連続でチャート首位というとんでもない記録を作ります。
内容はモータウンやチャック・ベリーのカバーを核にしながら、自作曲の完成度が明らかに上がっています。ジョージ・ハリスンが初めて自作曲「Don’t Bother Me」を提供したのもこのアルバム。半分黒く沈んだモノクロのジャケットも当時のポップスとしては異例で、「バンドの佇まいごと売る」という発想の始まりでした。
『All My Loving』
ポールが手紙のような歌詞を先に書き上げ、あとからメロディを付けたという珍しい成り立ちの曲。ジョージの軽やかなカントリー風ギターソロと、ジョンが刻み続けるトリプレットのバッキングが心地よく回ります。イギリスではシングルカットされていませんが、1964年2月の『エド・サリヴァン・ショー』でアメリカのお披露目にこの曲を選んだことからも、当時のバンドの自信がうかがえます。初期のポールのメロディメイカーとしての才能を確認するのに最適な1曲です。
収録曲(イギリス盤オリジナル)
- It Won't Be Long
- All I've Got to Do
- All My Loving
- Don't Bother Me
- Little Child
- Till There Was You
- Please Mr. Postman
- Roll Over Beethoven
- Hold Me Tight
- You Really Got a Hold on Me
- I Wanna Be Your Man
- Devil in Her Heart
- Not a Second Time
- Money (That's What I Want)
3rd Album『A Hard Day’s Night』(1964年)
1964年7月10日発売。同名の主演映画のサウンドトラックを兼ねた作品で、全曲がレノン=マッカートニーのオリジナルという点が大きな転換点です。デビューから1年半でカバーを一切必要としなくなった、という事実がそのまま作品の自信につながっています。全英・全米ともにアルバムチャート1位。
音の面でも、ジョージが本格的に使い始めたリッケンバッカーの12弦ギターが全体のトーンを決定づけました。このきらめく響きは、のちにザ・バーズをはじめとするフォークロック勢に決定的な影響を与えます。なお同じ1964年12月4日には4作目『Beatles for Sale』が発売されており、アメリカでシングル化されて全米1位を獲得した「Eight Days a Week」を収録しています。
『A Hard Day’s Night』
冒頭の「ジャーン」という1音だけで曲名が分かる、ポピュラー音楽史上もっとも有名なコードのひとつ。12弦ギター、ピアノ、ベースを重ねたこの響きの正体は長く議論の対象になってきました。タイトルはリンゴが疲れきったときに口にした言い間違いから採られたもので、そのくだけた由来と映画の疾走感がぴったり噛み合っています。全英・全米ともにシングルチャート1位を獲得しました。
『Can’t Buy Me Love』
「愛は金では買えない」という直球のメッセージを、ブルースの型に乗せて歌い切ったポールの代表曲。イントロなしでサビから始まる構成は当時としては大胆で、ラジオで流れた瞬間に耳をつかむ効果がありました。全英・全米ともに1位を獲得し、映画『A Hard Day’s Night』ではビートルズが屋外を走り回る名場面のBGMとして使われています。初期のシングルの中でも、ポップスとしての完成度は屈指です。
収録曲(イギリス盤オリジナル)
- A Hard Day's Night
- I Should Have Known Better
- If I Fell
- I'm Happy Just to Dance with You
- And I Love Her
- Tell Me Why
- Can't Buy Me Love
- Any Time at All
- I'll Cry Instead
- Things We Said Today
- When I Get Home
- You Can't Do That
- I'll Be Back
5th Album『Help!』(1965年)
1965年8月6日発売。こちらも同名映画と連動した作品で、全英1位を獲得しています。前半のポップな勢いはそのままですが、ここから歌詞が明らかに内向きになり始めます。「助けてくれ」という叫びをそのままタイトルにした表題曲について、ジョンは後年「本当に助けを求めていた」と振り返っています。
そして本作には、ビートルズのキャリアを大きく広げた1曲が入っています。バンドの4人のうち1人だけが弦楽四重奏をバックに歌う「Yesterday」の登場は、「ロックバンドはこういう曲をやらないもの」という前提を静かに壊しました。アイドル的な人気の頂点にいながら、次のステージへ移る準備が始まっていたアルバムです。
『Help!』
全英・全米ともにシングルチャート1位を獲得した代表曲。冒頭からいきなり「Help!」と全員で叫び込む構成、そしてメインのメロディに対して後ろから追いかけるように重なるコーラスの掛け合いが強烈な中毒性を持ちます。映画のために求められた明るいテンポの下で、ジョンは名声のプレッシャーに潰されそうな本音を歌っていました。表面の陽気さと中身の切実さのギャップが、この曲を何度でも聴ける理由になっています。
『Ticket to Ride』
重たく引きずるようなリンゴのドラムパターンが印象的な曲で、全英・全米ともに1位。それまでの軽快な8ビートから離れ、リズムそのものを曲の主役に据えた点でビートルズの分岐点になった曲です。終盤でテンポが上がって唐突に終わる展開も含め、ポップスの定型から意識的に外れていく姿勢が表れた1曲です。
『Yesterday』
ポールが眠っている間にメロディを思いつき、歌詞ができるまでは仮に「Scrambled Eggs(スクランブルエッグ)」と歌っていたという有名なエピソードを持つバラード。演奏はポールのアコースティックギターとジョージ・マーティンが手配した弦楽四重奏だけで、ほかの3人は参加していません。イギリスではシングル化されませんでしたが、アメリカでは1965年9月13日に発売されHot 100で4週1位。ギネス世界記録に「もっとも多くカバーされたポップソング」として認定されています。
収録曲(イギリス盤オリジナル)
- Help!
- The Night Before
- You've Got to Hide Your Love Away
- I Need You
- Another Girl
- You're Going to Lose That Girl
- Ticket to Ride
- Act Naturally
- It's Only Love
- You Like Me Too Much
- Tell Me What You See
- I've Just Seen a Face
- Yesterday
- Dizzy Miss Lizzy
6th Album『Rubber Soul』(1965年)
1965年12月3日発売。ビートルズが「アイドル的な人気バンド」から「作品で勝負するアーティスト」へ移った瞬間として語られる作品です。全英1位を8週、全米でも1位を6週記録しました。ボブ・ディランやザ・バーズから受けたフォークロックの刺激、ソウルの要素、そしてスタジオでの音作りへの関心が一気に流れ込んでいます。
ファズをかけたベース、ハーモニウム、回転数をいじったピアノなど、それまで使わなかった音が当たり前のように配置されているのも特徴です。そして「Norwegian Wood」でジョージが弾いたシタールは、ロックにインド楽器を持ち込んだ最初期の例として音楽史に残りました。アルバム単位で聴く価値を初めて示した1枚と言っていいでしょう。
『Norwegian Wood (This Bird Has Flown)』
ジョンが書いた、寓話めいたわかりにくさを残す歌詞と、ジョージのシタールが絡み合う代表曲。3拍子のワルツに乗って、部屋と会話と朝の場面だけが断片的に示され、何が起きたのかは聴き手に委ねられます。日本では村上春樹の小説『ノルウェイの森』のタイトルの由来としても広く知られており、ビートルズを聴いたことがない人でも曲名は知っている、という状況を生みました。
『In My Life』
過ぎた場所と人を思い返しながら、それでも「いまの君がいちばん」と着地するジョンのバラード。ジョンが自ら「初めて本当に自分について書いた曲」と語ったことでも知られ、それまでの「あなたを愛してる」型の歌詞から抜け出した転機になりました。間奏の鍵盤はジョージ・マーティンがピアノをゆっくり弾き、テープの回転を上げてチェンバロのように響かせたもの。派手さはないのに、多くのファンが最終的にたどり着く1曲です。
収録曲(イギリス盤オリジナル)
- Drive My Car
- Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
- You Won't See Me
- Nowhere Man
- Think for Yourself
- The Word
- Michelle
- What Goes On
- Girl
- I'm Looking Through You
- In My Life
- Wait
- If I Needed Someone
- Run for Your Life
7th Album『Revolver』(1966年)
1966年8月5日発売。全英1位を7週記録した本作は、多くの評論家が「ビートルズの最高傑作」の候補に挙げる作品です。スタジオを楽器として扱う姿勢が全面化し、テープループ、逆回転録音、マイキングの工夫などが1曲ごとに違う形で投入されています。
ジョージの作曲力が一気に伸びたことも本作の特徴で、アルバム1曲目「Taxman」は彼のペン。当時の高い所得税への皮肉をそのまま歌にしています。「Eleanor Rigby」のように弦楽八重奏だけで成立する曲、「Tomorrow Never Knows」のように後のサイケデリック・ロックの設計図になる曲が同じアルバムに同居する、密度のおかしい1枚です。
『Eleanor Rigby』
「Yellow Submarine」との両A面シングルとして1966年8月5日に発売され、全英1位を4週獲得(全米は11位)。ひとりで暮らす老女エレノア・リグビーと、誰も聞かない説教を書き続ける神父マッケンジーという2人の孤独を描き、最後に神父が彼女の葬儀を執り行うところで終わります。ビートルズのメンバーは楽器を一切演奏せず、ジョージ・マーティンが書いたヴァイオリン4・ヴィオラ2・チェロ2の八重奏だけが伴奏。ラブソング以外の題材でヒットを出せることを証明した曲です。
『Tomorrow Never Knows』
アルバムを締めくくる、ポピュラー音楽の実験として最も影響力の大きい1曲。メンバーが自宅で作った複数のテープループを同時に再生し、リンゴの反復するドラムとひとつのコードの上に乗せていくという構成で、ジョンのボーカルは回転するスピーカーを通して加工されています。歌詞はチベット死者の書の英訳から着想を得たもの。1966年の時点でこの音が存在していたという事実が、いま聴いても衝撃的です。
収録曲(イギリス盤オリジナル)
- Taxman
- Eleanor Rigby
- I'm Only Sleeping
- Love You To
- Here, There and Everywhere
- Yellow Submarine
- She Said She Said
- Good Day Sunshine
- And Your Bird Can Sing
- For No One
- Doctor Robert
- I Want to Tell You
- Got to Get You into My Life
- Tomorrow Never Knows
8th Album『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』(1967年)
1967年5月26日発売。ツアーをやめた4人が丸ごとスタジオに注ぎ込んだ結果生まれた、ポピュラー音楽史でもっとも有名なアルバムのひとつです。全英1位を27週、全米1位を15週維持しました。
アイデアの中心は「架空のバンド『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の公演をレコードにする」という設定です。ビートルズという看板を一度外すことで、自分たちのイメージに縛られずに何をやってもいい状態を作りました。曲間を詰めてアルバム全体をひと続きの流れとして設計した点、ポップアーティストのピーター・ブレイクとジャン・ハワースが作った有名なジャケットまで含めて作品と考えた点でも、後続に決定的な影響を与えています。1968年のグラミー賞で4部門を受賞し、ロックのアルバムとして初の最優秀アルバム賞に輝きました。
『Lucy in the Sky with Diamonds』
ジョンの息子ジュリアンが幼稚園で描いた絵に付けたタイトルが元になった曲。マーマレードの空、セロファンの花といった言葉が次々に現れる歌詞は『不思議の国のアリス』の影響を受けています。3拍子で漂う序盤から、4拍子のサビでいきなり視界が開ける構成が見事。オルガンをオルガンらしく聴かせない音作りや、加工されたボーカルなど、サイケデリック期のビートルズを象徴するサウンドです。
『A Day in the Life』
アルバムを閉じる、ビートルズの最高到達点としてしばしば挙げられる曲。新聞記事を読むように淡々と歌うジョンのパートと、朝の支度を描くポールのパートが接続され、その継ぎ目に40人編成のオーケストラが最低音から最高音へ這い上がるクレッシェンドが挿入されます。最後は複数のピアノで同時に鳴らしたEメジャーの和音が40秒以上響いて消えていく、という終わり方。1曲のなかでこれだけのことが起きて、しかも破綻していない構成力に圧倒されます。
収録曲(イギリス盤オリジナル)
- Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band
- With a Little Help from My Friends
- Lucy in the Sky with Diamonds
- Getting Better
- Fixing a Hole
- She's Leaving Home
- Being for the Benefit of Mr. Kite!
- Within You Without You
- When I'm Sixty-Four
- Lovely Rita
- Good Morning Good Morning
- Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
- A Day in the Life
9th Album『The Beatles(ホワイト・アルバム)』(1968年)
1968年11月22日発売の2枚組。バンド名だけを空押しした真っ白なジャケットからホワイト・アルバムの通称で親しまれています。前作『Sgt. Pepper’s』の色彩豊かなジャケットへの意図的な反転でした。全英・全米ともに1位。
楽曲の多くは1968年2月から4月にインドのリシケシュで超越瞑想の講習に参加していた期間に書かれたもので、現地で使えた西洋の楽器がアコースティックギターだけだったため、生ギター中心の曲が並びます。ジョンは後年「自分の最良の曲のいくつかはあそこで書いた」と振り返っています。
一方で、この時期のバンド内の緊張も作品にそのまま出ています。4人が別々に自分の曲を録るような場面が増え、結果として全30曲がフォーク、ハードロック、ミュージックホール、音響コラージュまで散らばる異形の大作になりました。まとまりのなさごと魅力になっている、という点で唯一無二の1枚です。
『While My Guitar Gently Weeps』
ジョージ・ハリスンが書いた曲で、彼のキャリア最初の傑作としてしばしば挙げられます。バンドの反応が鈍いことに苛立ったジョージは、1968年9月6日の録音に友人のエリック・クラプトンを呼び、ジョージのギブソン・レスポールでリードギターを弾かせました(クレジットには記載なし)。この判断について本人は「あいつらは関係ない。僕の曲だ」と語っています。結果としてクラプトンの参加で全員の演奏が引き締まり、ホワイト・アルバムでも屈指の名演になりました。
『Blackbird』
ポールのアコースティックギターと歌、そして足で取ったリズムだけで作られた小品。バッハの作品から発想したというギターのフレーズは、いまもアコースティックギターを始めた人が最初に挑戦する定番のひとつです。ポールは後年、この曲がアメリカの公民権運動、とくに差別と戦う黒人女性たちを念頭に置いたものだったと明かしています。2分あまりの静かな曲ですが、ビートルズの引き算の巧さが最もよく分かる1曲です。
収録曲(イギリス盤オリジナル / 2枚組)
- Back in the U.S.S.R.
- Dear Prudence
- Glass Onion
- Ob-La-Di, Ob-La-Da
- Wild Honey Pie
- The Continuing Story of Bungalow Bill
- While My Guitar Gently Weeps
- Happiness Is a Warm Gun
- Martha My Dear
- I'm So Tired
- Blackbird
- Piggies
- Rocky Raccoon
- Don't Pass Me By
- Why Don't We Do It in the Road?
- I Will
- Julia
- Birthday
- Yer Blues
- Mother Nature's Son
- Everybody's Got Something to Hide Except Me and My Monkey
- Sexy Sadie
- Helter Skelter
- Long, Long, Long
- Revolution 1
- Honey Pie
- Savoy Truffle
- Cry Baby Cry
- Revolution 9
- Good Night
11th Album『Abbey Road』(1969年)
1969年9月26日発売。その前月にあたる1969年1月には映画のサウンドトラック『Yellow Submarine』(10作目 / 新曲は4曲のみで、B面はジョージ・マーティンによる管弦楽)が出ていますが、バンドの作品として本格的な次の一手はこちらです。発売順では『Let It Be』のほうが後になりますが、4人が最後に録音したアルバムはこの『Abbey Road』です。全英1位を通算17週記録しました。解散が目前だったにもかかわらず、演奏も音質もキャリアで最も洗練されているという不思議な作品です。
最大の見どころはB面後半、8曲を切れ目なくつないだ約16分のメドレー。制作中は「The Long One」と呼ばれていたこの構成は、断片的なアイデアを捨てずに組み上げるという発想の勝利でした。ロンドンのEMIスタジオ前の横断歩道を4人が渡るジャケット写真は1969年8月8日の撮影で、カメラマンのイアン・マクミランは脚立に立ち、警察が交通を止めた10分間だけで撮り上げています。
『Come Together』
アルバム1曲目。ポールのベースとリンゴのドラムが作る隙間の多いグルーヴの上で、ジョンが意味を追いにくい言葉を並べていく曲です。「Something」との両A面シングルとして1969年10月に発売され、Billboardが両面の売上と放送回数を合算する方式に変えたことで、合算後の1位を獲得しました。なおチャック・ベリー「You Can’t Catch Me」との類似を指摘され、1973年に和解に至っています。イントロのベースだけで空気が変わる、後期の名曲です。
『Something』
ジョージ・ハリスンが書いた曲で、彼の作品が初めてビートルズのシングルA面に据えられた記念すべき1曲。全米1位、全英4位。かつてビートルズに批判的だったフランク・シナトラが「過去50年で最高のラブソング」と評したことでも知られ、エルヴィス・プレスリー、レイ・チャールズ、ジェームス・ブラウンらがカバーしています。1972年までに150組以上が録音し、「Yesterday」に次いでカバーの多いビートルズ曲になりました。
『Here Comes the Sun』
こちらもジョージの作。会計や契約の話に追われる日々から逃げ出してエリック・クラプトンの家の庭でギターを弾いていたときに生まれた、という成り立ちがそのまま音になっています。長い冬が明けて陽が差す、という単純な喜びを歌うだけの曲ですが、コードの動きは意外に凝っており、聴くたびに新しい発見があります。当時シングルカットされていないにもかかわらず、いまではビートルズを代表する1曲として広く親しまれています。
収録曲(イギリス盤オリジナル)
- Come Together
- Something
- Maxwell's Silver Hammer
- Oh! Darling
- Octopus's Garden
- I Want You (She's So Heavy)
- Here Comes the Sun
- Because
- You Never Give Me Your Money
- Sun King
- Mean Mr. Mustard
- Polythene Pam
- She Came In Through the Bathroom Window
- Golden Slumbers
- Carry That Weight
- The End
- Her Majesty
12th Album『Let It Be』(1970年)
1970年5月8日発売の最終作。ただし録音の大半は『Abbey Road』より前の1969年1月に行われており、「原点に戻ってスタジオライブのように録る」という企画が難航した末、棚上げされていた音源です。全英1位。
最終的なミックスとオーバーダブを担当したのはフィル・スペクターで、ジョージ・マーティンが録った素材に大幅な装飾が加えられました。この処理はポールとの間に深い対立を残します。セッションの締めくくりに行われた1969年1月30日のアップル社屋上での演奏は、ビートルズが公衆の前で演奏した最後の機会となり、映画とともに伝説になりました。1971年には映画音楽としてグラミー賞を、そしてアカデミー賞の歌曲賞を受賞しています。
『Let It Be』
1970年3月6日にシングル発売され、全米1位(2週)、全英2位。ポールが14歳のときに亡くした母メアリーの夢を見たことから生まれた曲で、夢のなかで母がかけてくれた言葉が「あるがままに」というサビになりました。本人は「また母に会えてよかった。あの夢のおかげでこの曲を書けた」と語っています。シングル版とアルバム版ではギターソロとオーケストラの扱いが異なり、聴き比べも楽しめます。
『Get Back』
ビリー・プレストンのエレクトリックピアノが全面で鳴る、バンドらしいストレートなロックンロール。1969年4月にシングルとして先行発売され、全英・全米ともに1位を獲得しました。屋上ライブでも繰り返し演奏され、演奏を終えたジョンが「オーディションに受かるといいね」と言い残す場面は映画の名シーンとして知られています。飾りのない4人の演奏を聴きたいなら、まずこの曲です。
『The Long and Winding Road』
アメリカで1970年5月11日にシングル発売され、Hot 100で2週1位。これがビートルズにとって通算20曲目、そして最後の全米1位となりました(イギリスではシングル発売なし)。フィル・スペクターが弦・管・14人の女性コーラスを重ねた仕上げにポールは強く反発し、のちに解散を求める訴訟で理由のひとつとして挙げています。装飾を取り除いた2003年の『Let It Be… Naked』版と並べて聴くと、この曲の骨格の良さがよく分かります。
収録曲(イギリス盤オリジナル)
- Two of Us
- Dig a Pony
- Across the Universe
- I Me Mine
- Dig It
- Let It Be
- Maggie Mae
- I've Got a Feeling
- One After 909
- The Long and Winding Road
- For You Blue
- Get Back
アルバム未収録の代表シングル
当時のイギリスでは「シングルはアルバムに入れない」という考え方が一般的で、ビートルズもそれに従っていました。そのため彼らの代表曲のいくつかは、オリジナル・アルバムを順番に聴いても出てきません。ここではその中から特に重要な4曲を紹介します。なお1967年の『Magical Mystery Tour』は、イギリスでは2枚組EPとして発売されたためオリジナル・アルバム12作には数えられていませんが、「Strawberry Fields Forever」などを含む重要な作品です。
『She Loves You』
1963年8月23日発売。イギリスで4週1位を獲得し、いったん下降したあと11月30日から再び首位に戻るという異例の動きを見せました。ビートルズのイギリスでの最大のヒットシングルであり、「イエー、イエー、イエー」というフックはバンドそのものの記号になりました。ヨーロッパの一部地域で彼らが「イエーイエーズ」と呼ばれたほどです。アメリカでも1964年3月21日から2週1位。ビートルマニアの音を1曲で説明するならこれです。
『I Want to Hold Your Hand』
1963年11月29日にイギリスで発売。予約だけで100万枚を超え、全英1位を5週維持してその年のクリスマスNo.1になりました。翌1964年1月18日に45位でHot 100に初登場すると2月1日には1位に到達し、7週にわたって首位を独走。ブリティッシュ・インヴェイジョンの号砲となった1曲です。ビートルズにとって世界で最も売れたシングルでもあり、日本では「抱きしめたい」の邦題で知られています。
『Strawberry Fields Forever』
1967年2月に「Penny Lane」との両A面シングルとして発売。ジョンがリヴァプールで過ごした少年時代の記憶をたどった曲で、実在の孤児院の名前がタイトルになっています。テープの回転数を変えて録音した2つの別テイクをつなぎ合わせるという荒業で作られており、メロトロンのフルート音による導入部から、現実感がゆらぐ独特の質感を持ちます。この曲がある時点で、ビートルズはもうポップスの外側にいました。
『Hey Jude』
1968年8月発売、全英1位・全米1位(9週)。ポールが、両親の別離に傷ついていたジョンの5歳の息子ジュリアンを励ますために書いた曲です。7分12秒という長さから放送されないのではと心配する声もあったなか、ジョンは「僕たちの曲なら流すさ」と言い切ったと伝えられています。後半4分近く続く「ナー、ナー、ナー」の大合唱は、ライブで観客と一体になる曲の原型として、その後のロックに広く受け継がれました。
最後の新曲『Now and Then』(2023年)
解散から半世紀以上を経た2023年11月2日、ビートルズの「最後の新曲」が発表されました。土台になったのは、ジョン・レノンが1977年ごろにニューヨークのダコタ・ハウスで宅録したピアノのデモです。1990年代半ばの『Anthology』プロジェクトでも完成が試みられましたが、デモの音質が壁になって断念されていました。
それを可能にしたのが、映画『ザ・ビートルズ:Get Back』のためにピーター・ジャクソンのチームが開発した、混ざった音を成分ごとに分離する機械学習の技術でした。デモからジョンの歌声を取り出し、1995年のセッションで残されていたジョージのギター、そして2021年以降にポールが加えたベースやピアノ、2023年にリンゴが叩いたドラムを重ねて完成させています。弦のアレンジはポール、ジャイルズ・マーティン、ベン・フォスターの共同。
『Now and Then』
全英シングルチャート1位、Billboard Hot 100で7位を記録。AIの補助を受けた楽曲として初めてグラミー賞にノミネートされ、2025年の第67回グラミー賞で最優秀ロック・パフォーマンス賞を受賞しました(授賞式では受賞をショーン・オノ・レノンが受け取っています)。「時々、君に会いたくなる」という素朴な歌詞が、4人の時間差の演奏に乗って響く構造そのものが、この曲を特別なものにしています。ビートルズを最後まで聴きたい人は、ここまで来てください。
1966年の日本武道館公演
日本の音楽史においてビートルズの名前が特別な重さを持つのは、1966年の来日公演があるからです。彼らは6月30日から7月2日にかけて日本武道館で計5公演を行いました。演奏時間は1回およそ35分、曲数は11曲。当時の彼らのステージはどこでもこの規模でしたが、この短さと引き換えに動いた社会の熱量は桁違いでした。
問題になったのは会場です。武道の聖地として建てられた日本武道館をポピュラー音楽の公演に使うことへの反発は強く、抗議や妨害への懸念から会場と宿泊先の東京ヒルトンホテル(現ザ・キャピトル ホテル 東急)には厳重な警備体制が敷かれました。観客も立ち上がることを許されず、着席したまま公演を見るという、いまの感覚では想像しにくい状況だったと伝えられています。
それでもこの5公演が残したものは大きく、以後「武道館でやる」ことが日本のミュージシャンにとって特別な意味を持つようになりました。6月30日夜の公演はカラーで収録され、7月1日昼の公演は日本テレビで放送されています。そして重要なのは時期です。この日本公演は彼らの最後のワールドツアーの一部であり、この直後の1966年8月29日にサンフランシスコで最後のコンサートを行ったあと、ビートルズは二度とステージに戻りませんでした。日本のファンは、彼らのライブ活動のほとんど最後の姿を見ていたことになります。
解散後もアップデートされ続けるビートルズ
ビートルズが特異なのは、解散後も「新しい出来事」が起き続けている点です。1970年4月10日のポールの脱退表明で活動は終わりましたが、法的なパートナーシップの解消は1975年1月9日までかかりました。その後1994年から1995年にかけて、生存していた3人が『Anthology』プロジェクトのために再集結し、ジョンの未完成デモをもとに「Free as a Bird」「Real Love」を新曲として完成させています。
近年の動きも活発です。2021年にはピーター・ジャクソンが監督したドキュメンタリー『ザ・ビートルズ:Get Back』が公開され、それまで「解散前夜の不和の記録」とされてきた1969年1月のセッションが、実際には笑いと創造に満ちた時間でもあったことが可視化されました。この作品のために開発された音声分離技術が、そのまま2023年の「Now and Then」を可能にしたわけです。
楽曲そのものも更新されています。ジャイルズ・マーティンによる新しいミックスで『Sgt. Pepper’s』『ホワイト・アルバム』『Abbey Road』などが順次リリースされ、未発表テイクとともに聴けるようになりました。長年「音が古い」と敬遠していた人にも、いまはかなり印象が違って聴こえるはずです。
さらに映画の分野では、サム・メンデス監督による4部作『The Beatles – A Four-Film Cinematic Event』が2028年4月に公開されることが発表されています。メンバーを演じるのはジョン役にハリス・ディキンソン、ポール役にポール・メスカル、ジョージ役にジョセフ・クイン、リンゴ役にバリー・キーオガン。1人ずつに1本の映画を割り当てるという構成で、公開されればまた新しい入口ができることになります。
まとめ
The Beatles(ザ・ビートルズ)は、1960年のリヴァプール結成から1970年の解散まで、たった10年のあいだにポピュラー音楽の可能性をひとりで押し広げてしまったバンドです。ロックンロールのカバーバンドとして始まり、シタールとテープループの実験を経て、『Abbey Road』の完成度に至る。この変化の速さこそが、いまも彼らが古びない理由でしょう。
最初の1枚に迷ったら、『Abbey Road』から入るのがおすすめです。音がいちばん現代的で、「Come Together」「Something」「Here Comes the Sun」という代表曲が前半に並び、後半のメドレーでアルバムを通して聴く快感まで味わえます。そこで手応えがあれば、実験の中心地である『Revolver』と『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』へ。逆に初期のシンプルな熱量から追いたい人は『Please Please Me』を1曲目から流してみてください。
曲単位で試すなら、まずは「Hey Jude」「Let It Be」「Here Comes the Sun」「Yesterday」の4曲。どれかが刺さったら、その曲が入っているアルバムを丸ごと聴く、という進み方が結局いちばん外れません。そして最後に「Now and Then」まで到達すると、60年以上にわたるこのバンドの物語がひと続きだったことが分かります。


