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Queen(クイーン)のおすすめ人気曲・アルバム

Queen(クイーン)は、1970年にロンドンで結成されたイギリスのロックバンドです。フレディ・マーキュリー、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ジョン・ディーコンの4人が作った音楽は、ハードロックもオペラもディスコもゴスペルも飲み込んでしまう幅の広さを持ち、いまも世界中のスタジアムやスポーツ中継で鳴り続けています。

そして日本にとってクイーンは特別なバンドです。本国イギリスでまだ評価が定まっていなかった1975年、彼らを熱狂的に迎えたのは日本のファンでした。ブライアン・メイが日本語詞を含む「Teo Torriatte(手をとりあって)」を書いたのは、その恩返しでもあります。2018年の映画『ボヘミアン・ラプソディ』が日本でその年の興行収入1位になったのも、この長い関係の延長線上にありました。

この記事では、デビュー作『Queen』から遺作『Made in Heaven』までスタジオアルバムを発表順にたどり、それぞれの代表曲を1曲ずつ紹介していきます。ライヴ・エイドの伝説、日本との関わり、フレディの死後の歩みまで押さえるので、これから聴き始める人の地図として使ってください。

Queenとは?

天文学者と歯学生とデザイナーが組んだバンド

クイーンの前身は、ブライアン・メイとロジャー・テイラーが在籍していた「スマイル」というバンドです。当時ブライアンはインペリアル・カレッジ・ロンドンで物理学と赤外線天文学を学ぶ学生、ロジャーは歯学部の学生でした。ブライアンが大学の掲示板に出したドラマー募集の告知に応じたのがロジャー、という出会い方も彼ららしい話です。

そこへ加わったのが、イーリング美術大学でデザインを学んでいたファルーク・バルサラ——のちのフレディ・マーキュリーです。ザンジバル生まれの彼はスマイルの元ベーシストと同級生で、はじめは単なるファンとして彼らのライブに通っていました。1970年にスマイルが解散状態になるとフレディが合流し、バンド名を「Queen」にすることを提案します。堂々とした響きと、意味の含みの多さを気に入ったからでした。

最後のピースであるベースのジョン・ディーコンが加入したのは1971年2月。電子工学に強く、ステージ上ではもっとも静かでありながら、のちに「Another One Bites the Dust」「I Want to Break Free」といった代表曲を書く人物です。この4人がそろって以降、メンバーチェンジは一度も起きませんでした。

音楽面での最大の特徴は、4人全員が作曲し、全員が歌えることでした。フレディのピアノとオペラ的な発想、ブライアンが自作ギター「レッド・スペシャル」で作る分厚い多重コーラス、ロジャーの高音、ジョンの黒っぽいグルーヴ。それぞれの引き出しが違うため、アルバムごとに音がまるで変わります。この振れ幅の大きさこそがクイーンの正体です。

メンバー

ボーカル、ピアノFreddie Mercury(フレディ・マーキュリー)
ギター、ボーカルBrian May(ブライアン・メイ)
ドラムス、ボーカルRoger Taylor(ロジャー・テイラー)
ベース(1971〜1997年)John Deacon(ジョン・ディーコン)

フレディ・マーキュリーは1991年11月24日、エイズによる合併症で亡くなりました。その前日に自らエイズであることを公表しています。ジョン・ディーコンはフレディの死後しばらく活動を続けたのち、1997年に音楽活動から引退。以後は表舞台にいっさい姿を見せていません。

残ったブライアン・メイとロジャー・テイラーは、2004年から2009年にかけてポール・ロジャースを迎えた「Queen + Paul Rodgers」、2011年以降はアダム・ランバートを迎えた「Queen + Adam Lambert」としてツアーを続けています。バンドの名前を止めなかったことで、フレディを知らない世代がライブで初めてクイーンに出会う、という状況が生まれました。

数字で見るQueen

全世界での総売上は推定2億5,000万枚から3億枚とされ、史上もっとも売れたアーティストのひとつに数えられます。1981年に出た編集盤『Greatest Hits』はイギリスのアルバムチャート史上もっとも売れたアルバムであり、全世界でも2,500万枚を超えました。「代表曲が多すぎてベスト盤が最強になってしまったバンド」の典型です。

チャートでは、イギリスのアルバムチャート1位を『A Night at the Opera』『A Day at the Races』『The Game』『A Kind of Magic』『The Miracle』『Innuendo』『Made in Heaven』などで獲得。1980年の『The Game』は全米アルバムチャートでも1位に立ちました。シングルでは「Bohemian Rhapsody」「Under Pressure」「Innuendo」が全英1位、「Crazy Little Thing Called Love」「Another One Bites the Dust」が全米1位です。

評価の面では、2001年にロックの殿堂へ、2003年にはメンバー4人全員がソングライターズ・ホール・オブ・フェイムに殿堂入り。2018年にはグラミー賞の特別功労賞(生涯業績賞)を受賞しました。そして1985年7月13日のライヴ・エイドでの21分間は、2005年の調査で史上最高のロックのライブに選ばれています。

Queenのおすすめ曲・アルバム

ここからはスタジオアルバムを発表順にたどります。クイーンは全15作のスタジオアルバムを残しており、番号もその順番です。サウンドトラックの『Flash Gordon』(9作目 / 1980年)と『The Miracle』(13作目 / 1989年)は個別のセクションを立てていませんが、本文中で触れています。

1st Album『Queen』(1973年)

1973年7月13日発売のデビューアルバム。全英24位、全米83位という結果は地味ですが、ここに入っている音の要素はのちのクイーンとほとんど変わりません。制作環境が面白く、彼らはトライデント・スタジオの空き時間を使って録音していました。料金を払う他のアーティストが帰ったあと、最新の機材とスタッフを自由に使わせてもらえたのです。

内容はハードロックが軸ですが、「My Fairy King」のようにフレディの神話趣味と多重コーラスが早くも顔を出します。ジャケットに「シンセサイザーは使っていない」とわざわざ明記したのも彼ららしい主張で、あの厚みはすべてギターと声だけで作られていました。

『Keep Yourself Alive』

アルバム1曲目でデビューシングル(1973年7月6日発売)。ブライアン・メイがジョン・ディーコン加入前に書いた曲で、チャートには入りませんでしたが、バンド自身はのちのライブでも長く演奏し続けました。ディレイのかかったギターリフから始まり、ドラムソロを挟んで畳みかける展開は、まだ何者でもなかった4人の焦りと勢いがそのまま音になっています。プロデューサーのミックスに納得できず7〜8回も録り直したという逸話も、彼らの完璧主義を物語ります。

収録曲

  1. Keep Yourself Alive
  2. Doing All Right
  3. Great King Rat
  4. My Fairy King
  5. Liar
  6. The Night Comes Down
  7. Modern Times Rock 'n' Roll
  8. Son and Daughter
  9. Jesus
  10. Seven Seas of Rhye (Instrumental)

2nd Album『Queen II』(1974年)

1974年3月8日発売、全英5位。A面・B面ではなく「Side White」「Side Black」という構成にした2作目です。白の面には感情的な曲、黒の面にはフレディが書いた幻想と怪異の世界が並び、コンセプトアルバムに近い設計になっています。

そしてこのアルバムのジャケットが、クイーンの視覚的な代名詞になりました。ミック・ロックが撮影した、黒背景のなかで4人が菱形に並び顔を上げた写真です。1932年の映画『上海特急』のマレーネ・ディートリヒのポーズから発想を得たもので、のちに「Bohemian Rhapsody」のミュージックビデオで再現されました。あのシルエットの元がここにあります。

『Seven Seas of Rhye』

クイーンにとって最初のヒットシングルで、全英10位。デビュー作の最後にインストゥルメンタル断片として置かれていた曲を、歌入りで完成させたものです。駆け上がるピアノのフレーズから始まり、堂々としたコーラスへ切り替わって、最後は古い歌の合唱にフェードアウトしていく——2分台にこれだけ詰め込む構成力に、この時点でもう完成の予感があります。ここからクイーンの快進撃が始まりました。

収録曲

  1. Procession
  2. Father to Son
  3. White Queen (As It Began)
  4. Some Day One Day
  5. The Loser in the End
  6. Ogre Battle
  7. The Fairy Feller's Master-Stroke
  8. Nevermore
  9. The March of the Black Queen
  10. Funny How Love Is
  11. Seven Seas of Rhye

3rd Album『Sheer Heart Attack』(1974年)

1974年11月8日発売、全英2位・全米12位。クイーンが本格的に売れたのはこのアルバムからです。全米トップ20に入った初めての作品でもあり、イギリスだけでなく世界規模で名前が知られるきっかけになりました。

前作の幻想世界からいったん離れ、曲が短く、輪郭がはっきりしました。ハードロックからボードヴィル調、ラグタイム風まで一枚に詰め込みながら、散漫にならず勢いで押し切っています。のちにメタリカがカバーした「Stone Cold Crazy」のようなスピード曲が入っているのもこのアルバムです。

『Killer Queen』

全英2位、全米12位を記録した出世作。高級娼婦を主人公にした洒落た歌詞に、フレディのピアノと重ねに重ねたコーラス、そしてブライアンの流麗なギターソロが乗ります。ハードロックバンドと思われていた彼らが、実はこういう精巧なポップスを書けるのだと知らせた1曲でした。フレディ自身も自分の作曲の転機として挙げていた曲で、クイーンの「上品さ」の側面を知るならまずここからです。

『Now I’m Here』

ブライアン・メイが書いた、全英11位のロックナンバー。前年のアメリカツアーの体験をもとにした歌詞で、止まっては走り出すリフの切れ味が抜群です。この曲はライブでの成長がとくに大きく、以後長年にわたってステージの定番になりました。「Killer Queen」の対になる「クイーンの荒っぽい側面」を担う曲で、この2曲を並べて聴くとバンドの二面性がよく分かります。

収録曲

  1. Brighton Rock
  2. Killer Queen
  3. Tenement Funster
  4. Flick of the Wrist
  5. Lily of the Valley
  6. Now I'm Here
  7. In the Lap of the Gods
  8. Stone Cold Crazy
  9. Dear Friends
  10. Misfire
  11. Bring Back That Leroy Brown
  12. She Makes Me (Stormtrooper in Stilettoes)
  13. In the Lap of the Gods…Revisited

4th Album『A Night at the Opera』(1975年)

1975年11月28日発売。全英1位(通算4週)、全米4位。クイーンの代表作であり、ロック史の必聴盤としてつねに名前が挙がる作品です。制作費は約4万ポンドと言われ、当時としては史上もっとも高額なアルバムと報じられました。

タイトルは制作中にメンバーが観ていたマルクス兄弟の映画から採られています。中身は輪をかけて自由で、元マネージャーへの怒りをぶつけた激烈な1曲目から、ウクレレの牧歌、SF的なフォークソング、フレディのバラード、そして「Bohemian Rhapsody」へと続き、最後はブライアンがギターで演奏する「God Save the Queen」で幕を閉じます。ジャンルの統一をまったく気にせず、それでも一枚の作品として成立させてしまった稀有な例です。

『Bohemian Rhapsody』

1975年10月31日発売、5分55秒。イントロ、バラード、ギターソロ、オペラ、ハードロック、終幕という6つの部分がつながる構成で、全英1位を9週間維持しました。オペラ部分だけで約180回のオーバーダブが重ねられ、24トラックのテープを8世代にわたって重ね録りしています。ブルース・ガワーズが4,500ポンド・撮影4時間で作ったプロモーションビデオは、ミュージックビデオを音楽の売り方に不可欠なものへと変えました。1991年のフレディの死後に再発売されると再び全英1位を5週獲得し、アメリカでは映画『ウェインズ・ワールド』の効果で1992年に2位まで上昇しています。

『Love of My Life』

フレディがピアノとハープで書いた静かなバラード。イギリスではシングルカットされていませんが、ライブではブライアンのアコースティックギター1本の編成に組み替えられ、会場全体が歌う定番曲になりました。とくに南米での人気が絶大で、観客の合唱がフレディの歌を上回る映像が残っています。「歌詞が分からなくても歌える曲」が持つ力を、これほど分かりやすく示した例はそう多くありません。

『You’re My Best Friend』

ジョン・ディーコンが書いた全英7位のヒット曲で、彼が妻に向けて書いたものです。曲全体を支えるエレクトリックピアノ(ウーリッツァー)はジョン本人の演奏で、フレディがこの楽器を嫌っていたという話も伝わっています。派手さはないのに何度でも聴けてしまう、クイーンのなかでもっとも人当たりのいい1曲。まずここから入る人も多い、間口の広さが魅力です。

収録曲

  1. Death on Two Legs (Dedicated to…)
  2. Lazing on a Sunday Afternoon
  3. I'm in Love with My Car
  4. You're My Best Friend
  5. '39
  6. Sweet Lady
  7. Seaside Rendezvous
  8. The Prophet's Song
  9. Love of My Life
  10. Good Company
  11. Bohemian Rhapsody
  12. God Save the Queen

5th Album『A Day at the Races』(1976年)

1976年12月10日発売、全英1位・全米5位。タイトルは前作と同じマルクス兄弟の映画から採られており、白と黒のジャケットも前作と対になる姉妹作です。外部プロデューサーを立てず、初めてバンド自身でプロデュースしました。

『A Night at the Opera』の路線を引き継ぎつつ、曲ごとの完成度はさらに上がっています。そして日本のリスナーにとっては、このアルバムが特別な意味を持ちます。最後に置かれた「Teo Torriatte(手をとりあって)」が、ブライアン・メイから日本のファンへの明確な返礼だったからです。

『Somebody to Love』

全英2位を記録したフレディ作のシングル。ゴスペルのコール・アンド・レスポンスをロックバンドの編成に持ち込んだ曲で、フレディ・ブライアン・ロジャーの3人の声を重ねて作った合唱が全編を支えます。「誰か愛してくれる人はいないのか」という切実な問いを、これだけ壮麗な音で歌う落差が強烈です。「Bohemian Rhapsody」の多重コーラスの手法を、今度は感情表現に振り切って使った1曲と言えます。

『Teo Torriatte (Let Us Cling Together)』

邦題「手をとりあって」。ブライアン・メイが日本のファンに向けて書いた曲で、サビが2度、日本語で歌われます。ピアノ、プラスチックピアノ、ハーモニウムはすべてブライアンの演奏。曲の終わりにはアルバム冒頭と対応するシェパード・トーン(上昇し続けて聞こえる音)が置かれ、作品全体が円環をなす仕掛けになっています。日本ではシングルとしても発売され、1979年のジャズ・ツアー以降の来日公演で繰り返し演奏されました。海外のバンドが日本語で歌う例は今なら珍しくありませんが、1976年にこれをやった意味の大きさは別格です。

収録曲

  1. Tie Your Mother Down
  2. You Take My Breath Away
  3. Long Away
  4. The Millionaire Waltz
  5. You and I
  6. Somebody to Love
  7. White Man
  8. Good Old-Fashioned Lover Boy
  9. Drowse
  10. Teo Torriatte (Let Us Cling Together)

6th Album『News of the World』(1977年)

1977年10月28日発売、全英4位・全米3位。パンクが吹き荒れていた時期に、あえて音数を減らし、リズムをむき出しにした作品です。SF画家フランク・ケリー・フリーズが1953年の自作イラストを描き直した「巨大ロボットがメンバーを掴んでいる」ジャケットも忘れがたいインパクトを持っています。

そして冒頭2曲で、クイーンは世界のスポーツ会場の音になりました。ブライアン・メイは観客が参加できる曲を意図して「We Will Rock You」を書き、フレディがそれに応えるように「We Are the Champions」を書いています。2曲続けて演奏する形が定着し、いまでは1曲のように扱われることも多い組み合わせです。

『We Will Rock You』

足踏み2回と手拍子1回。楽器はほぼそれだけで、あとは声とラストのギターソロという極端に削ぎ落とした構造です。ブライアンは、観客が客席から参加できるものを作ろうと考えてこの形にたどり着きました。結果として、世界中の誰でも一度聞けば再現できる「音の記号」が生まれました。スタジアムで鳴っているのを何度も聞いたことがある人でも、原曲を通して聴くと2分あまりの潔さに驚くはずです。

『We Are the Champions』

「We Will Rock You」との両A面シングルとして1977年10月7日に発売され、全英2位・全米4位。勝利の歌として使われることが多い曲ですが、歌詞をよく読むと「呪いも罵倒も受けてきた」という苦い一行から始まります。勝者の賛歌ではなく、生き延びた者の歌なのです。フレディのボーカルとバンドのコーラスが少しずつ層を増していく構成は、彼らのアレンジ力の見本のような仕上がりです。

収録曲

  1. We Will Rock You
  2. We Are the Champions
  3. Sheer Heart Attack
  4. All Dead, All Dead
  5. Spread Your Wings
  6. Fight from the Inside
  7. Get Down, Make Love
  8. Sleeping on the Sidewalk
  9. Who Needs You
  10. It's Late
  11. My Melancholy Blues

7th Album『Jazz』(1978年)

1978年11月10日発売、全英2位・全米6位。タイトルに反してジャズの作品ではなく、「雑多なもののごちゃ混ぜ」という意味合いのほうが近い内容です。中東風の旋律で始まる「Mustapha」から、ラグタイム、ハードロック、ディスコ的なリズムまで飛び回ります。

「Bicycle Race」と「Fat Bottomed Girls」の両A面シングル(1978年10月、全英11位)に際して、ウィンブルドン・スタジアムで女性だけの自転車レースを実施してプロモーションに使うという派手な仕掛けも話題になりました。作品としての評価は分かれる一枚ですが、収録曲の当たりの大きさは特筆すべきものがあります。

『Don’t Stop Me Now』

全英9位。発売当時の順位は控えめでしたが、その後じわじわと評価を上げ、いまではクイーンでもっとも再生される曲のひとつになりました。イギリスのBBC『トップ・ギア』の視聴者投票で「ドライブに最適な曲」の1位に選ばれ、映画やCMでも定番になっています。ピアノの連打とフレディの止まらない歌、そして後半で一気に立ち上がるギター。理由もなく気分が上がる曲として、これ以上のものを探すのは難しいでしょう。

『Bicycle Race』

フレディがツール・ド・フランスを見て書いたという曲。自転車のベルを楽器として鳴らし、途中で転調を繰り返し、間奏ではブライアンのギターが自転車のベルの音を真似ます。ふざけているようで構成は緻密で、こういう遊びを本気の技術で仕上げてしまうところがクイーンの底力です。「Fat Bottomed Girls」と対になっていて、それぞれの歌詞に互いの曲名が出てくる仕掛けも楽しいところです。

収録曲

  1. Mustapha
  2. Fat Bottomed Girls
  3. Jealousy
  4. Bicycle Race
  5. If You Can't Beat Them
  6. Let Me Entertain You
  7. Dead on Time
  8. In Only Seven Days
  9. Dreamer's Ball
  10. Fun It
  11. Leaving Home Ain't Easy
  12. Don't Stop Me Now
  13. More of That Jazz

8th Album『The Game』(1980年)

1980年6月30日発売。全英・全米ともにアルバムチャート1位を獲得した、商業的な最高到達点です。そして「シンセサイザーは使っていない」と主張し続けてきた彼らが、初めてシンセサイザー(オーバーハイムOB-X)を導入した作品でもあります。

変化の中身はそれだけではありません。ロカビリー、ファンク、ディスコといったアメリカの音楽を正面から取り込み、曲は短く、隙間が増えました。この方向転換がアメリカでの大成功を生み、同時に「クイーンらしさ」をめぐる議論の出発点にもなります。なおこの年の12月には映画音楽の『Flash Gordon』(9作目)も発表されており、1980年は彼らにとって極端に振り幅の大きい年でした。

『Crazy Little Thing Called Love』

フレディが風呂に入っているあいだに10分ほどで書き上げたと伝えられるロカビリー調の曲。全英2位、そしてクイーン初の全米1位を獲得しました。フレディが自らアコースティックギターを弾いていることもあり、演奏はきわめてシンプル。エルヴィス・プレスリーへの憧れがそのまま出ている曲で、大仕掛けなしでもヒットを書けることを証明しました。ブライアンのギターソロにテレキャスターが使われているのも珍しい点です。

『Another One Bites the Dust』

ジョン・ディーコンが書いた、クイーンでもっとも売れたシングル(全世界で約700万枚)。全米1位、全英7位。あのベースリフだけで曲が成立してしまう強度があり、ロックバンドの曲としてブラック・ミュージックのラジオ局でもかかりました。もともとシングルにする予定はなく、マイケル・ジャクソンの助言で決まったという話も伝わっています。クイーンのイメージが一気に広がった転換点であり、ヒップホップ以降の世代にも参照され続けている曲です。

収録曲

  1. Play the Game
  2. Dragon Attack
  3. Another One Bites the Dust
  4. Need Your Loving Tonight
  5. Crazy Little Thing Called Love
  6. Rock It (Prime Jive)
  7. Don't Try Suicide
  8. Sail Away Sweet Sister
  9. Coming Soon
  10. Save Me

10th Album『Hot Space』(1982年)

1982年5月4日発売、全英4位・全米22位。『The Game』で得たダンス的な感触をさらに押し進め、ディスコ、ファンク、R&B、ニューウェイヴへ大きく舵を切った作品です。ジョン・ディーコンが主導し、バンドとして初めてドラムマシンを使いました。

この方向転換は当時から評価が割れ、いまも賛否が分かれるアルバムです。ロックバンドとしての彼らを求めていたファンには急激すぎた、というのが一般的な見方でしょう。ただし収録曲の最後に置かれた1曲は、その議論とは無関係にクイーンの最重要曲のひとつになっています。

『Under Pressure』

1981年10月発売、デヴィッド・ボウイとの共作で全英1位(全米29位)。スイスのモントルーで録音していたクイーンのもとにボウイが立ち寄り、その場のジャムから一晩で生まれたという成り立ちです。5人全員の共作としてクレジットされ、音楽面はフレディ、歌詞面はボウイが主導したと語られています。あのベースラインは1990年にヴァニラ・アイスの「Ice Ice Baby」に無断で使われ、法的な決着を経てクイーンとボウイに作曲クレジットが付きました。プレッシャーの下で潰れそうな人間を歌った曲が、いまも折に触れて聴き返される理由は明白です。

収録曲

  1. Staying Power
  2. Dancer
  3. Back Chat
  4. Body Language
  5. Action This Day
  6. Put Out the Fire
  7. Life Is Real (Song for Lennon)
  8. Calling All Girls
  9. Las Palabras de Amor (The Words of Love)
  10. Cool Cat
  11. Under Pressure

11th Album『The Works』(1984年)

1984年2月27日発売(アメリカは同月20日)、全英2位・全米23位。『Hot Space』でのダンス路線から、ギターとコーラスのあるクイーンへ戻ってきた作品です。同時にシンセサイザーの使い方はより洗練され、80年代のバンドとしての立ち位置を確立しました。

収録曲の質が高く、翌1985年のライヴ・エイドで演奏された曲のうち2曲がこのアルバムからです。一方で「I Want to Break Free」のミュージックビデオがアメリカで強い反発を受け、以後バンドが北米ツアーを行わなくなる、という重い副作用も生みました。

『Radio Ga Ga』

ロジャー・テイラーが書いた全英2位のシングル。幼い息子が発した「ラジオ・カ・カ」という言葉が出発点で、映像に押されて力を失っていくラジオへの哀惜が歌われています。シンセサイザーとドラムマシンを前面に出しながら、サビでは全員の手拍子が入る——つまり「We Will Rock You」の遺伝子がここにも流れています。ライヴ・エイドで7万人が一斉に手を打ち上げた映像は、この曲を一段別のものにしました。

『I Want to Break Free』

ジョン・ディーコン作、全英3位。抑圧から抜け出したいという普遍的な願いを歌ったストレートな曲で、南米などでは政治的な抗議の歌として受け止められました。有名なのはミュージックビデオで、メンバーがイギリスのテレビドラマをパロディして女装するという内容。イギリスではユーモアとして受け入れられましたが、アメリカでは強い拒否反応が起き、MTVでの扱いも悪化しました。曲そのものはクイーンの代表曲として定着しており、いまではあの映像込みで愛されています。

『Hammer to Fall』

ブライアン・メイ作、全英13位。核の脅威と死の不可避を題材にしながら、曲は徹底してストレートなハードロックです。この曲がクイーンの中で重要なのは、ライブでの機能の良さでした。ギターリフ一発で会場が沸き、フレディが客席を煽る余白が大きい——ライヴ・エイドのセットリストに入ったのも当然の選曲でした。80年代のクイーンでもっともロックバンドらしい1曲です。

収録曲

  1. Radio Ga Ga
  2. Tear It Up
  3. It's a Hard Life
  4. Man on the Prowl
  5. Machines (Or 'Back to Humans')
  6. I Want to Break Free
  7. Keep Passing the Open Windows
  8. Hammer to Fall
  9. Is This the World We Created…?

12th Album『A Kind of Magic』(1986年)

1986年6月2日発売、全英1位・全米46位。映画『ハイランダー』の事実上のサウンドトラックとして作られた作品で、全9曲のうち6曲が形を変えて映画に使われています。タイトルは主人公コナー・マクラウドが自らの不死を語るセリフから採られました。

結果的にこれが、フレディが生きているあいだに行われた最後のツアー「マジック・ツアー」の母体になります。1986年7月のウェンブリー・スタジアム公演、そして8月9日のネブワース公演がフレディ・マーキュリー最後のライブでした。この時期のクイーンは、スタジアムを完全に支配する存在になっていました。

『A Kind of Magic』

ロジャー・テイラーが書いた全英3位のシングル。映画版と比べてアルバム版は明るくポップに作り直されており、ベースの跳ねるリフとフレディの伸びやかな歌が心地よく回ります。「一種の魔法」というフレーズを繰り返すだけのシンプルなサビが、聴き終わったあとも頭に残り続けます。80年代クイーンの華やかさを象徴する1曲です。

『Who Wants to Live Forever』

ブライアン・メイが映画のために書いた壮大なバラード(全英24位)。前半をブライアン、後半をフレディが歌い分ける構成で、マイケル・ケイメンが編曲したオーケストラが全体を包みます。不死の者と、そうではない者との別れを歌った曲ですが、この5年後にフレディが亡くなったことで、いまでは別の重さをもって聴かれるようになりました。クイーンの「大仰さ」が最良の形で結実した1曲です。

収録曲

  1. One Vision
  2. A Kind of Magic
  3. One Year of Love
  4. Pain Is So Close to Pleasure
  5. Friends Will Be Friends
  6. Who Wants to Live Forever
  7. Gimme the Prize (Kurgan's Theme)
  8. Don't Lose Your Head
  9. Princes of the Universe

14th Album『Innuendo』(1991年)

1991年2月4日発売、全英1位・全米30位。フレディ・マーキュリーの生前に発表された最後のアルバムです。前作『The Miracle』(13作目 / 1989年、全英1位)の時点でツアーは行われなくなっており、フレディの体調が理由であることは公表されていませんでした。

録音は、フレディが動ける日にできるだけ多くを録る、という進め方でした。それを知って聴くと、この作品の異様な充実ぶりが際立ちます。6分半のプログレッシブな表題曲から、自らの状況を笑いに変えた曲、そして終幕へ向かう2曲まで、覚悟の上で作られたことが伝わってきます。フレディはこの9か月後、1991年11月24日に亡くなりました。

『Innuendo』

全英1位を獲得した6分31秒の表題曲。ボレロのリズム、フラメンコギター、そしてハードロックへの展開という構成は、明らかに「Bohemian Rhapsody」の系譜にあります。デビューから18年たって、同じ挑戦をもう一度やり切ってしまう体力に驚かされる1曲。フレディの声もまったく衰えていません。長さに構えず、まずは通して聴いてみてほしい曲です。

『These Are the Days of Our Lives』

ロジャー・テイラーが書いた、過ぎ去った日々を静かに振り返る曲。ミュージックビデオはフレディが映像に残した最後の姿です。撮影はカラーで行われましたが、やせ細った様子を目立たせないためモノクロに変換されました。最後にフレディがカメラを見つめて「I still love you」と口にする場面は、クイーンの映像のなかでもっとも見返すのがつらく、同時にもっとも大切なものになりました。1991年12月に「Bohemian Rhapsody」との両A面として再発売され、全英1位を獲得しています。

『The Show Must Go On』

ブライアン・メイが中心になって書いた曲(全英16位)で、歌詞は終わりが近づいてもステージに立ち続けようとするフレディそのものを描いています。ブライアンが「歌えるか」と尋ねると、フレディはウォッカを一杯あおって「やってやる」と答え、一度で歌い切ったと伝えられます。ミュージックビデオは体調を考慮して過去の映像を編集したもの。クイーンを1曲で説明するなら「Bohemian Rhapsody」ですが、クイーンという生き方を1曲で説明するならこの曲です。

収録曲

  1. Innuendo
  2. I'm Going Slightly Mad
  3. Headlong
  4. I Can't Live with You
  5. Don't Try So Hard
  6. Ride the Wild Wind
  7. All God's People
  8. These Are the Days of Our Lives
  9. Delilah
  10. The Hitman
  11. Bijou
  12. The Show Must Go On

15th Album『Made in Heaven』(1995年)

1995年11月6日発売、全英1位・全米58位。フレディの死から4年後に出た、クイーン最後のスタジオアルバムです。成り立ちが特殊で、1991年前半にフレディが「あとで完成させてくれ」と言い残して録っておいた歌とピアノが土台になっています。

残された3人は1993年にスタジオへ戻り、プロデューサーのデヴィッド・リチャーズとともに演奏を足していきました。ブライアン・メイは当時の状況を「しばらくスタジオに住むようにして、フレディが『数時間なら行ける』と電話をくれたら、その時間を最大限に使う計画だった」と振り返っています。フレディのソロ曲やバンドの旧曲を作り直したものも含み、「遺作」という言葉の意味を考えさせられる一枚です。

『I Was Born to Love You』

もともとは1985年のフレディのソロアルバム『Mr. Bad Guy』の曲で、残された3人がバンドの演奏を加えてクイーンの曲として作り直したものです。日本では2004年のテレビドラマ『プライド』の主題歌に使われたことで一気に知られ、「第二次クイーン・ブーム」と呼ばれる現象を起こしました。これに合わせて編集された日本独自のベスト盤『Jewels』は180万枚を売り上げ、日本ゴールドディスク大賞でも表彰されています。日本のリスナーにとっては、これが最初のクイーンだった人も多い曲です。

収録曲(CD盤)

  1. It's a Beautiful Day
  2. Made in Heaven
  3. Let Me Live
  4. Mother Love
  5. My Life Has Been Saved
  6. I Was Born to Love You
  7. Heaven for Everyone
  8. Too Much Love Will Kill You
  9. You Don't Fool Me
  10. A Winter's Tale
  11. It's a Beautiful Day (Reprise)
  12. Yeah

1985年のライヴ・エイド——21分間で伝説になった日

クイーンについて語るとき、避けて通れないのが1985年7月13日のライヴ・エイドです。アフリカの飢餓救済を目的にロンドンのウェンブリー・スタジアムとアメリカのフィラデルフィアで同時開催されたこのチャリティー公演で、クイーンに与えられた時間はわずか21分でした。

彼らはその21分を、代表曲を切り詰めてつなぐという方法で使い切ります。「Bohemian Rhapsody」から「Radio Ga Ga」、「Hammer to Fall」、「Crazy Little Thing Called Love」、「We Will Rock You」、「We Are the Champions」へ。1曲まるごと演奏することにこだわらず、いちばん効く部分だけを並べたのです。多くのアーティストが自分の新曲を届けようとしたその日に、クイーンは会場を沸かせることだけを目的に構成した——この判断が決定的でした。

とくに「Radio Ga Ga」で7万人以上の観客がいっせいに手を打ち上げる場面、そしてフレディが観客とアカペラで即興の応答を交わした場面は、映像として繰り返し引用されています。伸ばした一音が「世界中に届いた一音(The Note Heard Round the World)」と呼ばれるようになったのもこの日です。2005年に行われた調査では、この21分間が史上最高のロックのライブに選ばれました。

2018年の映画『ボヘミアン・ラプソディ』がクライマックスにこの公演を再現したことで、リアルタイムで見ていない世代にも広く知られるようになりました。映画を先に観た人は、ぜひ本物の映像とセットで確かめてみてください。

日本とQueen

クイーンと日本の関係は、単なる「人気バンドと市場」ではありません。本国より先に日本が彼らを見つけたという事実が、両者の関係の土台にあります。音楽誌『ミュージック・ライフ』などが早い段階から誌面で大きく取り上げ、まだイギリスでの評価が固まっていない時期に日本の読者投票で上位に入るような状況が生まれていました。

初来日は1975年4月17日。空港には1,200人規模のファンが集まり、混乱状態になったと伝えられます。4月19日と5月1日の日本武道館を含む「シアー・ハート・アタック・ツアー」の日本公演では、メンバーが着物をまとってステージに立ちました。当時のイギリスでの立ち位置を考えると、この歓迎ぶりは異例です。フレディが日本の美術品や陶磁器を集めるようになったのも、この頃からの縁でした。

その返礼が、翌1976年の『A Day at the Races』に収められた「Teo Torriatte(手をとりあって)」です。ブライアン・メイが日本のファンに向けて書き、サビを日本語で歌ったこの曲は、日本ではシングルとしても発売されました。以後、1976年、1979年、1981年、1982年、1985年と来日は続き、1979年のジャズ・ツアーだけで15公演が組まれています。

そして日本での人気は一度で終わりませんでした。2004年、テレビドラマ『プライド』が「I Was Born to Love You」を主題歌に使ったことで「第二次クイーン・ブーム」が起き、日本独自編集のベスト盤『Jewels』が180万枚を売り上げます。さらに2018年の映画『ボヘミアン・ラプソディ』は日本でその年の興行収入1位となり、興行収入100億円を突破。920万人以上が劇場に足を運び、日本における実写ミュージカル映画の記録を塗り替えました。三度にわたって世代をまたいで再発見された海外バンドは、そう多くありません。

フレディの死とその後

1991年11月23日、フレディ・マーキュリーは自らエイズであることを公表しました。その翌日の11月24日、エイズによる合併症の気管支肺炎で亡くなっています。45歳でした。公表から死までがわずか1日だったことが、当時の衝撃の大きさを物語ります。

1992年4月20日、ウェンブリー・スタジアムで「フレディ・マーキュリー追悼コンサート」が開催されました。デヴィッド・ボウイ、エルトン・ジョン、ガンズ・アンド・ローゼズ、ジョージ・マイケル、メタリカ、ロバート・プラント、アニー・レノックスなど当時の大物が集まり、収益はエイズ啓発のための基金(マーキュリー・フェニックス・トラスト)の設立につながりました。

その後、残された3人が1995年に『Made in Heaven』を完成させ、ジョン・ディーコンは1997年に引退。ブライアン・メイとロジャー・テイラーは2004年からポール・ロジャース、2011年からはアダム・ランバートを迎えてツアーを続けています。「代役を立ててフレディを消す」のではなく、別の歌手と組んだ別の名義として続けるという選択が、批判を最小限に抑えたと言えるでしょう。

そして2018年、映画『ボヘミアン・ラプソディ』が公開されます。フレディを演じたラミ・マレックがアカデミー賞主演男優賞を受賞し、作品は4部門を受賞。世界興行収入は約9億ドルに達し、長らく音楽伝記映画としての最高記録を保持しました。この映画によってクイーンは、解散したバンドでもなく、懐かしむ対象でもなく、いま聴かれている音楽として完全に復帰したのです。

まとめ

Queen(クイーン)は、4人全員が作曲し、全員が歌えたバンドでした。だからこそオペラもディスコもロカビリーも同じ看板の下で成立し、アルバムごとに違う顔を見せられたのです。フレディ・マーキュリーという傑出したボーカリストの存在に目が行きがちですが、彼を成り立たせていたのは、まったく違う引き出しを持った3人との組み合わせでした。

最初の1枚に迷ったら、『A Night at the Opera』から入ってください。「Bohemian Rhapsody」「Love of My Life」「You’re My Best Friend」が同じアルバムに入っている贅沢さと、ジャンルをまたいでも崩れない構成力が、クイーンの本質をそのまま示しています。ヒット曲を一気に押さえたい人は『The Game』、彼らの物語ごと受け取りたい人は『Innuendo』へ。編集盤の『Greatest Hits』が世界一売れている理由も、聴けばすぐに納得できるはずです。

曲単位で試すなら、まずは「Bohemian Rhapsody」「Don’t Stop Me Now」「Somebody to Love」「Under Pressure」の4曲。そして日本のリスナーであれば、ぜひ「Teo Torriatte(手をとりあって)」と「The Show Must Go On」まで進んでみてください。50年前に日本のファンへ向けて書かれた日本語のサビと、終わりを知りながら歌われた最後の一曲。この2曲を聴き終えたとき、クイーンがなぜ特別なバンドとして語られ続けるのかが分かるはずです。