Pharrell Williams(ファレル・ウィリアムス)は、アメリカ・ヴァージニア州出身のシンガー、ラッパー、そして何よりプロデューサーです。2000年代のポップミュージックを聴いて育った人なら、彼の作った音を一度も通らずに済ませることはまず不可能でしょう。
相棒のChad Hugoと組んだプロデューサーチーム「The Neptunes」として、スヌープ・ドッグ、ブリトニー・スピアーズ、ジャスティン・ティンバーレイクらのヒットを量産。バンドN.E.R.Dではロックとファンクを混ぜ、ソロでは『Happy』で世界を踊らせました。ルイ・ヴィトンのメンズ・クリエイティブ・ディレクターという顔まで持つ人です。
この記事では、ファレルがどんな人物なのかを整理したうえで、プロデュース作からN.E.R.D、ソロアルバムまでを時系列でたどり、代表曲を1曲ずつ紹介していきます。「名前は知らないけど、曲は全部知っていた」という体験をしてもらえるはずです。
Pharrell Williams(ファレル・ウィリアムス)とは?
ヴァージニアビーチの音楽少年から、時代の音を作る人へ
1973年4月5日、ヴァージニア州ヴァージニアビーチ生まれ。7年生の夏、才能ある生徒を集めたバンドキャンプでChad Hugoと出会います。ファレルはドラム、ヒューゴはテナーサックス担当。同じプリンセス・アン高校に進み、1991年に卒業しました。
転機は1991年の地元のタレントコンテスト。同世代のミッシー・エリオットやティンバランドらと出場したこの場で、近所にスタジオを構えていたプロデューサーのテディ・ライリーの目に留まります。ここから2人はプロの現場へ入っていきました。チーム名は「The Neptunes」。1992年のことです。
90年代後半から頭角を現し、2001年のブリトニー・スピアーズ『I’m a Slave 4 U』で初の世界的ヒットを獲得。以降、隙間の多い硬質なビートと不思議なコード感という「ネプチューンズ印」の音が、ラジオのあらゆる場所から聴こえてくる時代がやってきます。2009年にはビルボード誌が「ディケイドの最も偉大なプロデューサー」の1位に選出しました。
その裏で、1999年にはヒューゴとShay Haleyを加えたバンドN.E.R.Dを結成。さらに2003年には自身が歌うシングル『Frontin’』でアーティストとしても表舞台に立ちます。「自分はあくまでプロデューサーであってアーティストではない」と言い続けていた人が、結果的に世界一有名な歌い手のひとりになってしまったわけです。
そして2013年。ロビン・シックの『Blurred Lines』、ダフト・パンクの『Get Lucky』、そして自身の『Happy』——この3曲が同時に世界中で鳴り響き、40歳にして最大のキャリア・ハイを迎えました。2023年にはルイ・ヴィトンのメンズ・クリエイティブ・ディレクターに就任。音楽の外側でも影響力を持ち続けています。
プロフィール
| 本名 | ファレル・ランスロット・ウィリアムス |
| 生年月日 | 1973年4月5日 |
| 出身地 | アメリカ・ヴァージニア州ヴァージニアビーチ |
| ジャンル | ヒップホップ/R&B/ファンク/ポップ |
| 別名 | Skateboard P |
| ユニット | The Neptunes(Chad Hugoと/1992年〜)、N.E.R.D(Chad Hugo、Shay Haleyと/1999年〜) |
| レーベル | Star Trak Entertainment(自身のレーベル)/i am OTHER/Columbia |
| その他の活動 | ルイ・ヴィトン メンズ・クリエイティブ・ディレクター(2023年〜)、Billionaire Boys Club/ICE CREAM、フェス「Something in the Water」主催 |
ファッションの領域でも早くから存在感を示してきました。日本のNIGO氏とともに立ち上げたブランドBillionaire Boys ClubとICE CREAMは、2000年代のストリートを象徴する存在に。2023年のルイ・ヴィトン就任は、ヴァージル・アブローの後任という重責でした。
なお長年の相棒だったChad Hugoとの関係は、2024年に商標をめぐる争いが表面化し、現在は良好とは言えない状況にあると報じられています。The Neptunesという名前の重さを、あらためて感じさせる出来事でした。
数字で見るPharrell Williams
グラミー賞の受賞は通算13回。うち3回は「最優秀プロデューサー賞(ノンクラシカル)」で、作り手としての評価の高さがそのまま表れています。2020年にはThe Neptunesとしてソングライターの殿堂入りも果たしました。
アカデミー賞には2度ノミネートされています。1度目は『Happy』での歌曲賞(2014年)、2度目は映画『ドリーム』の製作者としての作品賞(2017年)。音楽と映画の両方でノミネート経験を持つ音楽家は多くありません。
『Happy』は2014年の世界で最も売れた楽曲となり、その数1,390万ユニット。ビルボード・ホット100では10週連続1位を記録し、その年の最長記録となりました。イギリスでは1曲で3度も1位に返り咲くという珍事も起こしています。2026年2月の第68回グラミー賞では、功績を称えるDr. Dreグローバル・インパクト・アワードを受賞しました。
Pharrell Williamsのおすすめ曲・アルバム
ここからは時系列で追っていきます。プロデューサーとしての代表作、バンドN.E.R.D、ソロ名義——役割が入れ替わりながら進むので、まずは「どの立場で作った曲か」を意識して聴くと分かりやすいはずです。
The Neptunesとして時代を作った2000年代前半
まずはプロデューサーとしての仕事から。2000年代前半、ラジオから流れる曲の多くがこの2人の手によるものでした。音数を削り、隙間を残し、キックとスネアだけで空間を作る——ネプチューンズの音は、それまでの分厚いR&Bとはまったく違う設計でした。
ブリトニー・スピアーズ『I’m a Slave 4 U』(2001年)、ネリー『Hot in Herre』(2002年)、ジャスティン・ティンバーレイクのソロデビュー作『Justified』(2002年)——並べると、当時のヒットチャートの景色がそのまま浮かんできます。ここではファレル本人の声が入っている代表曲を中心に紹介します。
『Beautiful』(Snoop Dogg feat. Pharrell Williams/2003年)
ビルボード・ホット100で6位、全英23位を記録したスヌープ・ドッグのヒット曲。フックを歌っているのがファレルです。
ブラジルのリオデジャネイロで撮影されたミュージックビデオも話題になりました。ゆったりしたグルーヴと、甘い裏声のフック。ギャングスタ・ラップの代表格だったスヌープを、こんなに陽光の似合う場所に連れ出したのはファレルの手柄です。
『Frontin’』(feat. Jay-Z/2003年)
2003年6月にリリースされた、ファレル名義での初シングル。The Neptunesのコンピレーション『Clones』からの1曲で、客演はジェイ・Zです。
裏声のボーカルと、跳ねるようなスカスカのビート。この曲でプロデューサーが「表」に出てきたことが、その後のキャリアすべての出発点になりました。ファレルのソロ活動を1曲から始めるなら、ここです。
『Rock Your Body』(Justin Timberlake/2003年)
ジャスティン・ティンバーレイクのソロデビュー作『Justified』からのシングル。ネプチューンズのプロデュース曲です。
アイドルグループ出身の青年を、一気に「大人のポップスター」に作り替えた仕事として知られています。マイケル・ジャクソンの影を感じさせるダンスポップですが、音の隙間の作り方は完全にネプチューンズ流。プロデューサーがアーティストの見え方まで変えてしまう好例です。
『Drop It Like It’s Hot』(Snoop Dogg feat. Pharrell Williams/2004年)
ビルボード・ホット100で1位を獲得した、スヌープにとってもファレルにとっても重要な1曲。
聴けば分かりますが、鳴っているのはほとんど「舌打ちのような音」とベース、そして最小限のシンセだけ。ここまで音を削ってヒットを作れることを証明した、ミニマルなヒップホップの金字塔です。白黒のミュージックビデオも含めて、2000年代を象徴する作品になりました。
N.E.R.D『In Search of…』(2002年)
ヒューゴ、Shay Haleyとの3人組バンドN.E.R.Dのデビュー作です。面白いのはその出し方で、2001年8月にヨーロッパで打ち込み中心のバージョンを発表したあと、本人たちが納得できず、ロックバンドSpymobと組んで全曲を生演奏で録り直し、2002年3月に世界盤としてリリースし直しました。
ビルボード200で56位、全英28位。数字こそ地味ですが、アメリカでゴールド、イギリスではプラチナに達し、英国のショートリスト・ミュージック・プライズも受賞しています。批評家からの評価も極めて高い作品です。
『Rock Star』
2002年7月にシングルカットされた、アルバムを代表する1曲。歪んだギターとラップが正面からぶつかる、ミクスチャー・ロック然としたナンバーです。
ヒップホップのプロデューサーが作ったロックではなく、ロックそのものとして成立しているのが強いところ。ネプチューンズの整然とした音を知ってからこれを聴くと、同じ人間の作品とは思えないほどの落差があります。N.E.R.Dというバンドの存在意義が詰まった曲です。
収録曲
- Lapdance (feat. Lee Harvey & Vita)
- Things Are Getting Better
- Brain
- Provider
- Truth or Dare (feat. Kelis & Pusha T)
- Tape You
- Run to the Sun
- Baby Doll
- Am I High (feat. Malice)
- Rock Star
- Bobby James
- Stay Together
N.E.R.D『Fly or Die』(2004年)
2004年3月23日リリースの2作目。ビルボード200で6位、全英4位と、商業的には前作を大きく上回りました。アメリカでゴールド認定。
グッド・シャーロットのマデン兄弟やレニー・クラヴィッツ、クエストラヴが参加し、より生バンド寄りの作りに。アンカット誌が「プログ・ポップの傑作」と評した一方、辛口の評価も出るなど、賛否の分かれ方も含めてN.E.R.Dらしい作品です。
『She Wants to Move』
2004年3月9日リリースの先行シングルで、イギリスではトップ5入りを果たしました。
チキチキと刻むギターカッティングと変則的なリズムが癖になる、N.E.R.D最大の代表曲。ロックバンドの体裁を取りながら、ダンスフロアでも機能してしまうという離れ業をやってのけています。この曲でN.E.R.Dを知った人も多いはずです。
収録曲
- Don't Worry About It
- Fly or Die
- Jump (feat. Joel & Benji Madden)
- Backseat Love
- She Wants to Move
- Breakout
- Wonderful Place / Waiting for You
- Drill Sergeant / Preservation
- Thrasher
- Maybe (feat. Lenny Kravitz & Questlove)
- The Way She Dances
- Chariot of Fire / Find My Way
1st Album『In My Mind』(2006年)
2006年7月25日リリース、待望のソロ1作目です。Chad Hugoを介さず、ファレル単独のプロデュースで作られた初のアルバムでもあります。当初は2005年11月の予定でしたが、本人の希望で約半年延期されました。
ビルボード200に初登場3位(初週14万2,000枚)、全英7位。グラミー賞では最優秀ラップ・アルバム部門にノミネートされています。
ただし批評は厳しめで、「まとまりに欠ける」という指摘が目立ちました。ファレル自身も後年、この時期の自分について反省を口にしています。とはいえ客演陣はグウェン・ステファニー、ジェイ・Z、カニエ・ウェスト、スヌープ・ドッグと豪華そのもの。当時の彼の立ち位置がよく分かる1枚です。
『Can I Have It Like That』(feat. Gwen Stefani)
2005年10月10日リリースの先行シングル。グウェン・ステファニーを迎えた、アルバムの幕開けを飾る曲です。
重いキックと甲高いシンセだけで押し切る構成は、まさにこの時期のネプチューンズ印。グウェンとは彼女のソロ作『Hollaback Girl』でも組んでおり、相性の良さがそのまま出ています。
『That Girl』(feat. Snoop Dogg & Charlie Wilson)
2006年10月30日リリース。スヌープ・ドッグに加え、ギャップ・バンドのチャーリー・ウィルソンが参加しています。
アルバムのなかでは最も肩の力が抜けた、ファンク寄りの1曲。ソロ作としては評価の割れた作品ですが、こういう曲を聴くと、のちの『G I R L』につながる素地がすでにあったことが分かります。
収録曲
- Can I Have It Like That (feat. Gwen Stefani)
- How Does It Feel?
- Raspy Shit
- Best Friend
- You Can Do It Too (feat. Jamie Cullum)
- Keep It Playa (feat. Slim Thug)
- That Girl (feat. Snoop Dogg & Charlie Wilson)
- Angel
- Young Girl / I Really Like You (feat. Jay-Z)
- Take It Off (Dim the Lights)
- Stay with Me (feat. Pusha T)
- Baby (feat. Nelly)
- Our Father
- Number One (feat. Kanye West)
- Skateboard P Presents: Show You How to Hustle (feat. Lauren)
2013年——3曲で世界を塗り替えた年
2010年前後のファレルは、正直に言えば少し勢いを落としていました。それが2013年、40歳にして状況が一変します。同じ年に関わった3曲が、すべて世界的な大ヒットになったのです。
『Blurred Lines』(Robin Thicke feat. T.I. & Pharrell/2013年)
ファレルがプロデュースし、参加もしたロビン・シックのシングル。世界各国で1位を獲得し、2013年を代表するヒットになりました。
カウベルと最小限のベースだけで進むトラックは、まさにネプチューンズ以来の「引き算」の美学。一方で、マーヴィン・ゲイの楽曲との類似をめぐる裁判や、歌詞・ミュージックビデオへの批判もあり、音楽的な評価と社会的な議論の両方で2013年を象徴した曲でもありました。
『Get Lucky』(Daft Punk feat. Pharrell Williams & Nile Rodgers/2013年)
ダフト・パンクのアルバム『Random Access Memories』からの先行シングル。全英1位、ビルボード・ホット100で2位を記録しました。
シックのナイル・ロジャースのギターに、ファレルのボーカル。70年代のディスコを現代の音で鳴らし直すという企画が、これ以上ない形で結実した1曲です。この仕事がきっかけでコロムビアとの契約が決まり、次のソロアルバムへとつながっていきました。
2nd Album『G I R L』(2014年)
2014年3月3日リリース。2013年の成功を受けて、2013年12月17日にコロムビアと契約し、一気に作り上げられた2作目です。全曲のプロデュースをファレルが手がけています。
ビルボード200で2位、全英では1位。世界12か国で1位を獲得しました。第57回グラミー賞では最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞を受賞し、最優秀アルバム賞にもノミネートされています。
タイトルどおり、女性への賛歌をテーマにしたアルバム。徹底して明るく、風通しのいい音で統一されており、1作目とはまるで別人の仕事です。
『Happy』
2013年11月21日リリース。もともとは映画『怪盗グルーのミニオン危機一発』の挿入歌として作られた曲です。ビルボード・ホット100で10週連続1位、20か国以上で1位を獲得し、2014年の世界最多売上曲となりました。
特筆すべきは、世界初の「24時間ミュージックビデオ」として公開されたこと。専用サイトで、街の人々が延々と踊り続ける映像が24時間分流れるという企画で、ギネス世界記録にも認定されました。グラミー賞では最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンスと最優秀ミュージックビデオを受賞。アカデミー賞歌曲賞にもノミネートされています(受賞は『アナと雪の女王』の『Let It Go』)。
『Marilyn Monroe』
アルバムの1曲目で、2014年3月10日にシングルカットされました。全英25位。
オーケストラの導入部から、うねるベースラインへとなだれ込む構成が見事です。マリリン・モンローやクレオパトラの名前を挙げながら「そのどれとも違う、普通じゃない君がいい」と歌う内容で、アルバムのテーマを最初に提示する役割を担っています。
『Come Get It Bae』(feat. Miley Cyrus)
2014年5月20日リリースの3枚目のシングル。マイリー・サイラスが参加しています。ビルボード・ホット100では23位を記録しました。
手拍子と歪んだベースだけで跳ねていく、最小限の構成。ミュージックビデオは大量の女性たちがカメラの前で自由に踊るという内容で、これもアルバムのテーマに沿った作りになっています。
『Gust of Wind』(feat. Daft Punk)
2014年10月24日リリースの4枚目のシングル。『Get Lucky』の返礼のように、今度はダフト・パンクがファレルの曲に参加しました。
ボコーダーのコーラスとストリングスが重なる、アルバムでも屈指の華やかな曲。ミュージックビデオの監督は、『ベイビー・ドライバー』『ショーン・オブ・ザ・デッド』のエドガー・ライト。秋の森で女性たちと踊るファレルの傍らに、ダフト・パンクがヘルメットの石像として佇んでいるという洒落た映像です。
収録曲
- Marilyn Monroe (feat. Kelly Osbourne)
- Brand New (feat. Justin Timberlake)
- Hunter
- Gush
- Happy
- Come Get It Bae
- Gust of Wind
- Lost Queen
- Know Who You Are (feat. Alicia Keys)
- It Girl
N.E.R.D『No_One Ever Really Dies』(2017年)
2017年12月15日リリース。前作から7年ぶりとなる、N.E.R.Dの5作目にして現時点で最後のアルバムです。
ビルボード200で31位。ケンドリック・ラマー、リアーナ、アンドレ3000、M.I.A.、フューチャー、エド・シーランと、客演の顔ぶれがとにかく豪華です。内容は社会的・政治的なメッセージを前面に出したもので、ヒップホップ、ロック、ニューウェイヴ、ポストパンクが入り混じる実験的な作りになっています。
『Lemon』(feat. Rihanna)
2017年11月1日リリースの先行シングル。リアーナがラップを披露していることでも話題になりました。
ミュージックビデオでは、ダンサーのメット・タウリーが頭を丸刈りにする場面から始まり、圧倒的なソロダンスへとなだれ込みます。曲・映像ともに強度が高く、「復活作」という言葉で片付けられない鋭さを持った1曲です。
収録曲
- Lemon (feat. Rihanna)
- Deep Down Body Thurst
- Voilà (feat. Gucci Mane & Wale)
- 1000 (feat. Future)
- Don't Don't Do It! (feat. Kendrick Lamar)
- ESP
- Lightning Fire Magic Prayer
- Rollinem 7's (feat. André 3000)
- Kites (feat. Kendrick Lamar & M.I.A.)
- Secret Life of Tigers
- Lifting You (feat. Ed Sheeran)
近年のソロ曲
『G I R L』以降、ファレルはアルバム単位よりもシングルと客演、そしてプロデュース業に軸足を置いています。ここでは押さえておきたい2曲を。
『Freedom』(2015年)
2015年に発表されたシングル。全英36位を記録しました。
ゴスペル的なコーラスを重ね、力強く「自由」を歌い上げる曲。『Happy』の多幸感とはまた違う、祈りに近い熱があります。自然の風景を大胆に使ったミュージックビデオも含め、この時期の彼の関心がどこに向かっていたかが分かる1曲です。
『Cash In Cash Out』(feat. 21 Savage & Tyler, The Creator/2022年)
2022年のシングル。21サヴェージとタイラー・ザ・クリエイターという、現行シーンの2人を迎えた1曲です。
変則的なリズムと不穏なシンセ。50歳目前の人が作る音とは思えない鋭さで、ネプチューンズ時代の「隙間の多さ」が現代の文脈で鳴り直されています。翌2023年にはトラヴィス・スコットとの『Down in Atlanta』も発表しました。
日本との深いつながり
ファレルほど日本のカルチャーと距離が近いアメリカのアーティストも珍しいでしょう。象徴的なのがNIGO氏との関係で、2000年代にBillionaire Boys ClubとICE CREAMという2つのブランドを共同で立ち上げています。当時の裏原宿の空気がそのままアメリカのストリートへ渡っていったという意味で、両国のファッション史に残る協業でした。
音楽面でも日本の作家との仕事が残っています。『G I R L』収録の『It Girl』のミュージックビデオは、村上隆率いるカイカイキキがプロデュースし、所属アーティストのMr.とファンタジスタ歌麿呂が監督を務めたもの。ファレル本人がアニメやレトロゲームのキャラクターとして描かれる、日本のオタク文化への愛情に満ちた映像になっています。
『It Girl』(2014年)
2014年9月30日公開のミュージックビデオ。アニメ制作はNAZが担当しました。
曲自体は『G I R L』を締めくくる爽やかなミディアムですが、映像の情報量が圧倒的です。海外のスターが日本文化を引用する例は数あれど、ここまで本場の作り手と正面から組んだ例は多くありません。
映画『Piece by Piece』とルイ・ヴィトン
2024年、ファレルの半生を描いた映画『Piece by Piece』が公開されました。監督は『ロジャー・エバート 生涯最高の映画』などで知られるモーガン・ネヴィル。驚くのはその形式で、全編がレゴのアニメーションで作られたドキュメンタリーです。
ヴァージニアビーチでの少年時代から、ネプチューンズでの成功、そして『Happy』までを、レゴのミニフィギュアが演じていきます。ジェイ・Z、スヌープ・ドッグ、グウェン・ステファニー、ジャスティン・ティンバーレイク、ティンバランド、ケンドリック・ラマー、ダフト・パンクといった面々も、本人の声でレゴとして登場。2024年8月30日にテルライド映画祭でプレミア上映され、10月11日に北米公開されました。
興行収入は全世界で約1,070万ドルと商業的には苦戦しましたが、批評家の支持率は83%と良好。音を色で認識する共感覚の持ち主であるファレルの頭の中を、レゴという玩具の視覚言語で表現するという発想が高く評価されました。
もうひとつ、音楽以外で外せないのが2023年2月14日のルイ・ヴィトン メンズ・クリエイティブ・ディレクター就任です。前任は2021年に急逝したヴァージル・アブロー。ラグジュアリーブランドの中枢に音楽家が座るという人事は世界的な話題になり、以降のコレクションでも自身の音楽やヴァージニアのルーツを反映させた表現を続けています。
地元への還元にも熱心で、2019年からはヴァージニアビーチで音楽フェス「Something in the Water」を主催。育った街の名前を世界地図に残そうとする姿勢は、彼のキャリア全体に一貫しています。
まとめ|まずはこの3曲から
ファレル・ウィリアムスは、自分の名義でチャートを独占した人であると同時に、他人の名義の曲を数えきれないほど作ってきた人でもあります。だからこそ、彼の作品を追うことは2000年代以降のポップミュージックそのものを追うことに近くなります。
最初に聴くなら、この3曲をおすすめします。
- 『Happy』(2013年)… 説明不要の代表曲。まずはここから。
- 『Frontin’』(2003年)… 裏声とスカスカのビート。ファレルという歌い手の原点です。
- 『Drop It Like It’s Hot』(2004年)… プロデューサーとしての凄みを1曲で。
アルバムから入るなら、まずは『G I R L』(2014年)。明るく風通しがよく、最初の1枚として文句なしです。そこから「バンドのファレル」が気になったらN.E.R.Dの『In Search of…』(2002年)へ、「プロデューサーのファレル」を追いたければスヌープ・ドッグやジャスティン・ティンバーレイクの2000年代前半の作品へ。どの入口から入っても、必ず知っている曲に行き着きます。
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