Nirvana(ニルヴァーナ)は、1990年代のロックの流れを一晩で変えてしまったアメリカのバンドです。アメリカ北西部ワシントン州の小さな町から現れ、「グランジ」と呼ばれる音楽を世界の真ん中に押し出し、当時のヒットチャートの常識を根こそぎ書き換えました。
中心にいたのは、カート・コバーン。ざらついた轟音のギターと、絞り出すような歌声、そして「売れたい」と「売れたくない」の間で引き裂かれ続けた繊細さ。活動期間はわずか7年、残したスタジオアルバムはたった3枚ですが、その影響は30年以上経った今も途切れていません。
この記事では、Nirvanaがどんなバンドだったのかを整理したうえで、アルバムを発表順にたどりながら代表曲を1曲ずつ紹介していきます。「Smells Like Teen Spirit」しか知らない、という方にこそ読んでほしい内容です。
Nirvana(ニルヴァーナ)とは?
アバディーンの田舎町から、世界の中心へ
Nirvanaは1987年、ワシントン州アバディーンで結成されました。中心となったのは、ボーカル・ギターのカート・コバーンと、ベースのクリス・ノヴォセリック。アバディーンは林業で成り立つ人口2万人ほどの町で、若者にとっては何もない場所でした。その閉塞感が、初期のNirvanaの音そのものになっています。
1988年、シアトルのインディーレーベル、サブ・ポップと契約。翌1989年にデビューアルバム『Bleach』を発表します。当初は地元とカレッジラジオで知られる存在にすぎませんでしたが、1990年9月にドラマーとしてデイヴ・グロールが加入したことで、バンドの推進力が決定的に変わりました。
そして1991年、メジャーのDGCに移籍して発表した2枚目『Nevermind』が世界的な大ヒットに。ヘアメタルや華やかなポップスが並んでいた当時のチャートに、地味な服装で内向的な歌詞を歌うバンドが突然割り込んできたのです。「グランジ」「オルタナティヴ・ロック」という言葉が一般に広まったのは、この瞬間からでした。
音楽的な特徴は明快です。静かなパートと轟音のパートを行き来する構成、ポップスとしか言いようのない強いメロディ、そしてそれを歪んだギターと絶叫で覆い隠すという矛盾。「本当は良いメロディを書ける人が、それを素直に見せたくなくて壊している」ような手触りが、Nirvanaの魅力の核心です。
メンバー
| ボーカル・ギター | カート・コバーン(1987年〜1994年) |
| ベース | クリス・ノヴォセリック(1987年〜1994年) |
| ドラム | デイヴ・グロール(1990年9月加入) |
| 元メンバー(ドラム) | チャド・チャニング(1988年〜1990年) |
| 元メンバー(ドラム) | アーロン・バークハード、デイル・クローヴァー ほか(初期) |
| サポート(ギター) | パット・スメア(1993年〜1994年) |
| サポート(チェロ) | ローリー・ゴールドストン(1993年〜1994年) |
初期はドラマーが頻繁に入れ替わり、『Bleach』ではチャド・チャニングが叩いています。1990年にデイヴ・グロールが加入して以降のカート・コバーン、クリス・ノヴォセリック、デイヴ・グロールという3人が、いわゆる「Nirvanaの黄金期」の編成です。デイヴ・グロールは解散後、Foo Fightersを結成してフロントマンとして成功を収めました。
数字で見るNirvana
全世界での総セールスは7,500万枚以上。スタジオアルバムはわずか3枚で、そのうち『Nevermind』は全世界3,000万枚以上、アメリカ国内でRIAAから13倍プラチナに認定されています。
『Nevermind』は1992年1月11日付でビルボード200の1位を獲得。当時1位だったマイケル・ジャクソンの『Dangerous』を引きずり下ろした出来事は、時代の交代を象徴する事件として語り継がれています。続く『In Utero』は全米・全英ともに初登場1位を記録しました。
受賞歴では、1996年のグラミー賞で『MTV Unplugged in New York』が最優秀オルタナティヴ・ミュージック・パフォーマンスを受賞(バンドにとって唯一のグラミー受賞)。2014年には資格取得初年度でロックの殿堂入りを果たし、2023年にはグラミーの生涯功労賞も贈られています。
Nirvanaのおすすめ曲・アルバム
それでは、デビューアルバムから順番におすすめの曲を紹介していきます。
1st Album『Bleach』(1989年)
1989年6月15日、サブ・ポップからリリースされたデビューアルバム。制作費はわずか606ドル17セントだったことで知られています。当時はまったく売れませんでしたが、『Nevermind』のヒット後に再発され、ビルボード200で89位、全英で33位に入りました。
音は重く、暗く、荒い。後のNirvanaにあるポップさはまだ表に出ておらず、ブラック・サバス的なヘヴィネスとパンクの直情がぶつかり合っています。ヒット曲を期待して聴くと面食らいますが、このバンドがどこから出てきたのかを知るには最良の1枚です。
『Love Buzz』
1988年11月にサブ・ポップから発売された、Nirvana最初のシングル。オランダのバンド、ショッキング・ブルーのカバーです。
限定枚数だけプレスされた自主制作に近いシングルでしたが、これがシアトルのシーンでの評価につながりました。うねるベースラインから始まるイントロは、いま聴いても格好いい。すべてはここから始まりました。
『About a Girl』
轟音だらけの『Bleach』のなかで、1曲だけ異質な輝きを放つポップソング。ビートルズを何度も聴き込んだ末に書かれた曲だといわれ、後のNirvanaのメロディセンスがすでに完成しています。
当時のサブ・ポップの空気のなかでは「ポップすぎる」と敬遠されかねない曲でしたが、カートはこれを収録しました。1993年のMTVアンプラグドで、この曲を1曲目に選んだことにも意味を感じます。
『Negative Creep』
『Bleach』のヘヴィな側面を代表する1曲。ひたすら重いリフの上で、カートが喉を潰さんばかりに同じフレーズを繰り返します。
「自分は根暗な嫌われ者だ」と言い放つような歌詞ですが、そこに自虐と居直りが同居しているのがカートらしいところ。初期のライブでは重要な位置を占めた曲でした。
収録曲
- Blew
- Floyd the Barber
- About a Girl
- School
- Love Buzz
- Paper Cuts
- Negative Creep
- Scoff
- Swap Meet
- Mr. Moustache
- Sifting
2nd Album『Nevermind』(1991年)
1991年9月24日リリース。プロデューサーにブッチ・ヴィグを迎え、荒々しさを保ったまま音を磨き上げた結果、ロックの歴史を変える1枚になりました。1992年1月11日付でビルボード200の1位を獲得し、全世界で3,000万枚以上を売り上げています。
水中を泳ぐ赤ん坊が、釣り針に吊るされた1ドル札を追いかけるジャケットも有名です。カートが水中出産のテレビ番組を見て思いついたアイデアで、「生まれた瞬間から金を追わされる」という皮肉がそのまま形になっています。
捨て曲がなく、ロックを聴き始めた人が最初に手に取るべき名盤。まずはこの1枚から始めるのが間違いありません。
『Smells Like Teen Spirit』
ロック史上最も有名なイントロのひとつ。ビルボードHot 100で6位を記録し、この曲のMTVでの大量オンエアが『Nevermind』を1位へ押し上げました。静かなAメロから爆発するサビへの落差という、その後のロックの定番構造を決定づけた曲でもあります。
薄暗い体育館のペップラリーが暴動に変わっていくミュージックビデオも含めて、90年代の若者の空気そのもの。ちなみに曲名は、友人が壁に落書きした「カートはティーン・スピリットの匂いがする」という一文から取られたもので、それが制汗剤の商品名だとカートは知らなかったと語っています。
『In Bloom』
全英28位。「歌詞の意味は分かっていないのに一緒に歌っている連中」を皮肉った曲で、ヒットしたバンドが抱える居心地の悪さがそのままテーマになっています。
ミュージックビデオは1960年代のアメリカのテレビ番組を白黒でパロディした内容。清潔なスーツ姿で演奏する3人が、次第に暴れ出して舞台を壊していく展開が痛快です。
『Come as You Are』
ビルボードHot 100で32位、全英9位。コーラスをかけた水中のようなギターリフが印象的な、Nirvanaのなかでは比較的とっつきやすい曲です。
「そのままの君で来ればいい」と繰り返しながら、続く言葉では相手を疑ってもいる。優しさと不信が同じ曲のなかに同居しているところが、いかにもカートらしい1曲です。
『Lithium』
全英11位。静と動の落差というNirvanaの構造が最も分かりやすく出た曲で、淡々としたAメロから「I’m not gonna crack」の絶叫へ雪崩れ込みます。
タイトルは気分安定薬の名前。信仰にすがって正気を保とうとする人物の視点で書かれており、重いテーマなのに合唱できてしまうのがこの曲の凄みです。ライブの定番曲でもありました。
収録曲
- Smells Like Teen Spirit
- In Bloom
- Come as You Are
- Breed
- Lithium
- Polly
- Territorial Pissings
- Drain You
- Lounge Act
- Stay Away
- On a Plain
- Something in the Way
コンピレーション『Incesticide』(1992年)
1992年12月リリース。シングルのB面、デモ、BBCラジオのセッション音源などをまとめた編集盤で、ビルボード200で39位、全英で14位を記録しました。
寄せ集めではありますが、『Bleach』から『Nevermind』の間の空白を埋める重要な1枚。ヴァセリンズやデヴォのカバーも収録されており、カートがどんな音楽を好んで聴いていたのかがよく分かります。
『Sliver』
1990年に単発シングルとして発表された曲。祖父母の家に預けられた子どもが「ママのところに帰りたい」と泣きじゃくる、という子ども時代の記憶をそのまま歌にしています。
1993年に作られたミュージックビデオは、カート自身のガレージで撮影されたもの。私物に囲まれた雑然とした空間で演奏する姿は、スタジアムバンドになった後のNirvanaとは思えない親密さです。
『Aneurysm』
もともとはシングルのB面曲ながら、「Nirvana最高の1曲かもしれない」と評する批評家もいる隠れた名曲です。長いイントロから一気に走り出す構成で、ライブでは終盤の山場を担っていました。
ヒット曲だけを追いかけていると出会えない曲なので、『Nevermind』を気に入った方にはぜひ聴いてほしい1曲です。
収録曲
- Dive
- Sliver
- Stain
- Been a Son
- Turnaround
- Molly's Lips
- Son of a Gun
- (New Wave) Polly
- Beeswax
- Downer
- Mexican Seafood
- Hairspray Queen
- Aero Zeppelin
- Big Long Now
- Aneurysm
3rd Album『In Utero』(1993年)
1993年9月21日リリース。プロデューサーにスティーヴ・アルビニを迎え、『Nevermind』の磨かれた音を意図的に脱ぎ捨てた作品です。全米・全英ともに初登場1位、アメリカでの初週売上は18万枚を記録しました。
大ヒットの反動で「売れ線に走った」と言われることを何より嫌ったカートが、生々しく荒いバンドの音をそのまま封じ込めた1枚。ジャケットの内容を理由に大手小売チェーンが取り扱いを拒否し、修正版が出るという騒動も起きました。
とっつきやすさでは『Nevermind』に譲りますが、バンドの表現としてはこちらを最高傑作に挙げる人も多い作品です。
『Heart-Shaped Box』
ビルボードのモダンロック・チャートで1位を獲得した先行シングル。静かに始まり、サビで音が壁のように押し寄せる展開は、Nirvanaの構造美が最も洗練された形で結実した1曲です。
ミュージックビデオは、真っ赤な空や十字架、老人といった強烈なイメージが連なる悪夢のような映像。オランダの映像作家アントン・コービンが手がけ、90年代を代表するMVのひとつに数えられています。
『Dumb』
チェロが寄り添う、静かで短い曲。「僕はバカなのかもしれない。でもそのほうが幸せなんだ」と歌う、諦めとも安らぎともつかない歌詞が胸に残ります。
轟音のイメージが強いNirvanaですが、こうした静かな曲にこそカートのメロディメイカーとしての本領が出ています。アルバムの中盤で聴こえてくるこの曲の存在が、作品全体の印象を大きく変えています。
『Pennyroyal Tea』
アコースティックな弾き語りから始まり、サビで爆発する『In Utero』屈指の名曲。3枚目のシングルとして準備されていましたが、カートの死によって当初の形での発売は見送られ、正式なシングルとして世に出たのは2014年のレコード・ストア・デイでした。
後述するMTVアンプラグドでも披露されており、そちらのバージョンとの聴き比べもおすすめです。
収録曲
- Serve the Servants
- Scentless Apprentice
- Heart-Shaped Box
- Rape Me
- Frances Farmer Will Have Her Revenge on Seattle
- Dumb
- Very Ape
- Milk It
- Pennyroyal Tea
- Radio Friendly Unit Shifter
- Tourette's
- All Apologies
ライブ盤『MTV Unplugged in New York』(1994年)
1993年11月18日に収録され、カートの死後の1994年11月1日にリリースされたアコースティックライブ盤。ビルボード200に初登場1位で登場し、1996年のグラミー賞で最優秀オルタナティヴ・ミュージック・パフォーマンスを受賞しました。バンドにとって唯一のグラミー受賞作です。
驚くのはその選曲で、ヒット曲をほとんど演奏せず、半分近くをカバー曲と地味な曲で構成しています。ステージには白い花とキャンドルが並べられ、後から振り返ると葬儀のようだった、としばしば語られる伝説的な一夜です。
Nirvanaというバンドの「音の大きさ」に隠れていたものが、すべて見えてしまう1枚。入門編としても実はおすすめです。
『The Man Who Sold the World』
デヴィッド・ボウイが1970年に発表した曲のカバー。演奏後にカートが「あの曲、知ってる人いる?」と言い放つ場面も含めて有名で、この演奏をきっかけにボウイの原曲を知ったという若い世代が世界中に生まれました。
原曲の不気味な浮遊感を残したまま、より生々しい手触りに変えた名カバー。ボウイ本人も、この曲を演奏すると「ニルヴァーナのカバーだ」と言われるようになった、と後年語っています。
『All Apologies』
『In Utero』の最後を飾る曲のアコースティック版。チェロが加わったこのアレンジは、原曲以上に多くの人に知られています。ビルボードのモダンロック・チャートでも1位を獲得しました。
「すべてごめん」と繰り返しながら、最後は「僕たちはみんな同じだ」という言葉で終わる。カートの死後は、どうしても遺言のように響いてしまう曲でもあります。
『Where Did You Sleep Last Night』
アメリカ南部の伝承曲で、ブルースシンガーのレッドベリーの演奏で知られる曲。アンプラグドのラストに演奏されました。
最後の一節を歌い上げる瞬間の絶叫と、その直後に訪れる沈黙は、ロックのライブ映像のなかでも屈指の場面として語り継がれています。Nirvanaを1曲だけ体験したい人に、実は最初に薦めたい演奏です。
収録曲
- About a Girl
- Come as You Are
- Jesus Doesn't Want Me for a Sunbeam
- The Man Who Sold the World
- Pennyroyal Tea
- Dumb
- Polly
- On a Plain
- Something in the Way
- Plateau
- Oh Me
- Lake of Fire
- All Apologies
- Where Did You Sleep Last Night
1992年の初来日と、日本限定EP『Hormoaning』
Nirvanaが日本を訪れたのは、『Nevermind』が世界的なヒットとなった直後の1992年2月、一度だけです。2月14日の大阪・国際交流センターを皮切りに、16日に名古屋クラブクアトロ、17日に川崎CLUB CITTA’、19日に東京・中野サンプラザという4公演が行われました。
いずれもホールやライブハウス規模。数ヶ月後には世界中のスタジアムを回る存在になることを考えると、信じられないほど近い距離で観られた公演でした。この時期の来日を体験した人が語る「小さい会場で観たNirvana」は、日本の洋楽ファンのあいだで長く伝説として残っています。
このツアーに合わせて、日本とオーストラリア限定でEP『Hormoaning』がリリースされました。日本では1992年2月5日発売。BBCのピール・セッションで録音されたヴァセリンズ、デヴォ、ワイパーズのカバー4曲に、「Aneurysm」「Even in His Youth」を加えた全6曲という構成です。
長らく入手困難な幻の1枚として知られ、日本のファンにとっては特別な意味を持つ作品になりました。
カート・コバーンの死と、その後
1994年4月8日、カート・コバーンがシアトルの自宅で亡くなっているのが発見されました。27歳。死亡したのは数日前の4月5日と推定されています。急激な成功による重圧、長年の慢性的な体調不良、そして精神的な不調が重なった末の出来事でした。
バンドはこれをもって活動を終えます。結成から7年、世界的な成功を手にしてからはわずか2年半でした。
残されたクリス・ノヴォセリックとデイヴ・グロールは、その後それぞれの道を歩みます。特にデイヴ・グロールは、自らギターとボーカルを取るFoo Fightersを結成し、四半世紀以上にわたって第一線で活動する存在になりました。ドラマーだった人物がフロントマンとして成功した例として、ロック史でも稀なキャリアです。
Nirvanaは2014年、資格を得た初年度でロックの殿堂入り。式典では、ジョーン・ジェットやキム・ゴードン、ロードといった女性アーティストが交代でボーカルを務めるという、カートの思想を汲んだ形での演奏が行われました。2023年にはグラミーの生涯功労賞も贈られています。
まとめ|まずはこの3曲から
Nirvanaが残したスタジオアルバムは、たった3枚です。それでも、いまのロックバンドの多くが何らかの形で影響を受けているほど、その存在は決定的でした。上手さや華やかさではなく、「取り繕わないこと」で世界を動かしてしまったバンドです。
これから聴き始めるなら、まずは「Smells Like Teen Spirit」「Come as You Are」「Lithium」の3曲から。すべて『Nevermind』に入っているので、気に入ったらそのままアルバムを通しで聴いてみてください。
そのうえで、生々しい『In Utero』か、静けさが際立つ『MTV Unplugged in New York』のどちらかへ。特にアンプラグドは、轟音の向こう側にあったメロディと歌声がむき出しで聴こえてくる1枚なので、「Nirvanaはうるさそう」と敬遠していた方にこそおすすめです。


