Michael Jackson(マイケル・ジャクソン)は、20世紀のポップミュージックそのものを作り変えたアメリカのシンガーです。「キング・オブ・ポップ」という称号を持ち、歌・ダンス・ミュージックビデオという3つの領域すべてで基準を作り直してしまった、音楽史でも唯一無二の存在です。
5歳でステージに立ち、11歳でジャクソン5としてデビュー。ソロに転じてからは『Thriller』で史上最も売れたアルバムという記録を打ち立て、その記録はいまも破られていません。「Billie Jean」のムーンウォーク、「Thriller」のゾンビダンス、「Smooth Criminal」の斜めに傾く姿勢——誰もがどこかで一度は目にしたことがあるはずです。
この記事では、マイケル・ジャクソンがどんなアーティストだったのかを整理したうえで、ソロアルバムを発表順にたどりながら代表曲を1曲ずつ紹介していきます。名前は知っているけれど曲はいくつかしか分からない、という方にこそ読んでほしい内容です。
Michael Jackson(マイケル・ジャクソン)とは?
ジャクソン5の末っ子から、キング・オブ・ポップへ
マイケル・ジャクソンは1958年8月29日、インディアナ州ゲイリーの労働者家庭に生まれました。9人きょうだいの7番目。父ジョセフの厳しい指導のもと、兄たちとファミリーグループ「ジャクソン5」を結成し、マイケルは5歳でパーカッションを担当、まもなくリードボーカルを任されるようになります。
1968年にモータウンと契約すると、1969年の「I Want You Back」でデビュー。続く「ABC」「The Love You Save」「I’ll Be There」まで、デビューから4曲連続でビルボードHot 100の1位を獲得しました。これはデビューグループとしては史上初の記録です。当時マイケルはまだ11歳。少年とは思えない完成度の歌声で、一躍全米のスターになりました。
1970年代半ばにエピック・レコードへ移籍し、1979年、プロデューサーのクインシー・ジョーンズと組んだ『Off the Wall』で大人のソロアーティストとして本格的にスタート。そして1982年の『Thriller』が、音楽産業の常識そのものを塗り替えます。
マイケルの革新性は、音楽そのものだけにとどまりません。ミュージックビデオを「曲の宣伝映像」から「短編映画」へと引き上げたこと。当時、黒人アーティストの映像をほとんど流さなかったMTVをこじ開けたこと。そして、歌いながら踊るというパフォーマンスの水準を、後続のアーティスト全員が目指す基準にまで引き上げたこと。いま当たり前になっているポップスターの姿は、ほとんどマイケルが作ったものです。
プロフィール
| 本名 | マイケル・ジョセフ・ジャクソン |
| 生年月日 | 1958年8月29日 |
| 出身地 | アメリカ・インディアナ州ゲイリー |
| 没年月日 | 2009年6月25日(50歳) |
| ジャンル | ポップ、R&B、ソウル、ファンク、ロック |
| 活動期間 | 1964年〜2009年 |
| 主なレーベル | モータウン → エピック |
| 愛称 | キング・オブ・ポップ |
ジャクソン5としてのグループ活動と並行してソロ活動も行っていたため、ソロ名義のスタジオアルバムはモータウン時代の4枚を含めて全10枚。この記事では、大人のアーティストとして評価が確立したエピック時代の6枚を中心に紹介します。
数字で見るMichael Jackson
ソロアーティストとしての総セールスは、全世界で5億枚以上とされています。なかでも1982年の『Thriller』は全世界で7,000万枚以上を売り上げ、いまも「史上最も売れたアルバム」の座を保ち続けています。
グラミー賞の受賞は通算13回。1984年の第26回グラミー賞では『Thriller』で最優秀アルバム賞を含む8部門を制し、当時の最多受賞記録を樹立しました。1987年から始まった「Bad World Tour」は全123公演で440万人を動員し、ギネス世界記録にも認定されています。
ロックの殿堂には二度入っており、1997年にジャクソン5のメンバーとして、2001年にはソロアーティストとして殿堂入りを果たしました。
Michael Jacksonのおすすめ曲・アルバム
それでは、エピック移籍後のアルバムを順番に、おすすめの曲とあわせて紹介していきます。
5th Album『Off the Wall』(1979年)
1979年8月10日リリース。モータウン時代を含めるとソロ5作目にあたりますが、エピック移籍第1弾であり、実質的な「大人のマイケル」のスタート地点です。プロデューサーは、映画『ウィズ』の現場で出会ったクインシー・ジョーンズ。ビルボード200で3位、全英5位を記録し、全世界で2,000万枚以上を売り上げました。
ディスコ、ファンク、ソウル、バラードが一枚に同居した、この上なく洗練されたダンスアルバム。『Thriller』のような社会現象にはなりませんでしたが、「音楽としてはこちらが一番好き」と語るファンや評論家が非常に多い1枚でもあります。
『Don’t Stop ‘Til You Get Enough』
ビルボードHot 100で1位を獲得した、アルバムのリードシングル。マイケル自身が書いた曲で、ソロアーティストとしての最初のグラミー賞(1980年・最優秀R&Bボーカルパフォーマンス)をもたらしました。
ささやくような語りから始まり、ストリングスとパーカッションが加速していく高揚感は、いま聴いても圧倒的。裏声を多用するボーカルスタイルもここで確立されました。ダンスミュージックとしての完成度なら、彼の全曲でも屈指です。
『Rock with You』
こちらもHot 100で1位を獲得。作曲は、後に「Thriller」も手がけるロッド・テンパートンです。
力むところがまったくない、なめらかなミディアムダンスナンバー。銀色の衣装で踊るシンプルな映像とあわせて、70年代末の夜の空気をそのまま閉じ込めたような1曲です。マイケル入門としても聴きやすい曲でしょう。
『She’s Out of My Life』
Hot 100で10位を記録したバラード。レコーディングのたびに感極まって涙が止まらなくなり、最終的にその泣き声が入ったテイクがそのまま採用された、というエピソードで知られています。
曲の最後、声が震えて言葉にならなくなる瞬間がそのまま残されており、ダンサーとしての華やかさとは対極にある「歌手マイケル」の生々しさが刻まれた1曲です。
収録曲
- Don't Stop 'Til You Get Enough
- Rock with You
- Workin' Day and Night
- Get on the Floor
- Off the Wall
- Girlfriend
- She's Out of My Life
- I Can't Help It
- It's the Falling in Love
- Burn This Disco Out
6th Album『Thriller』(1982年)
1982年11月29日リリース。全世界で7,000万枚以上を売り上げた、史上最も売れたアルバムです。ビルボード200では通算37週にわたって1位を守り、1984年のグラミー賞では8部門を制覇しました。
全9曲のうち7曲がシングルカットされ、そのすべてがHot 100のトップ10入り。ポップ、ロック、R&B、ファンクを行き来しながら、どの曲も「一度聴けば覚えている」レベルの強度を持っています。人種やジャンルの壁を越えて全世界に届いた、ポップミュージックの到達点です。
洋楽を聴き始めるなら、まずこの1枚から。40年以上前の作品とは思えないほど、いまも古びていません。
『Billie Jean』
Hot 100で1位を獲得した、マイケルの代名詞ともいえる1曲。あのベースラインが鳴った瞬間に空気が変わる、という体験を世界中に与えました。自分の子どもの父親だと主張してくる女性、という不穏な題材を、極限までタイトなグルーヴで聴かせます。
1983年5月16日、モータウン25周年記念特番でこの曲を披露した際に初めて見せたムーンウォークは、テレビ史に残る場面となりました。またこの曲のMVがMTVで大量にオンエアされたことが、黒人アーティストの映像が同局で本格的に流れるきっかけになったとも言われています。
『Beat It』
同じくHot 100で1位。ギターソロを弾いているのは、ヴァン・ヘイレンのエディ・ヴァン・ヘイレンです。ポップスターがハードロックのギタリストを招くという当時としては異例の組み合わせが、ジャンルの壁を壊しました。
ミュージックビデオでは、対立する2つのギャングが、マイケルの登場によって争いをやめて一斉に踊り出します。「逃げることは負けじゃない」というメッセージを、説教ではなくダンスで見せた名作です。
『Thriller』
Hot 100で4位。曲そのものよりも、約14分に及ぶミュージックビデオがあまりにも有名です。監督は映画『狼男アメリカン』のジョン・ランディス、ナレーションはホラー映画の名優ヴィンセント・プライス。
デートの帰り道に始まるホラー映画のパロディで、墓場から現れたゾンビたちと踊る場面は、いまや世界共通の記憶になりました。ミュージックビデオを「短編映画」の領域まで押し上げた、ミュージックビデオの歴史そのものを変えた作品です。
収録曲
- Wanna Be Startin' Somethin'
- Baby Be Mine
- The Girl Is Mine (with Paul McCartney)
- Thriller
- Beat It
- Billie Jean
- Human Nature
- P.Y.T. (Pretty Young Thing)
- The Lady in My Life
7th Album『Bad』(1987年)
1987年8月31日リリース。『Thriller』という史上最大のヒットの次、という最も難しい状況で発表され、それでも全世界で3,500万枚以上を売り上げました。クインシー・ジョーンズとの3部作の完結編にあたります。
特筆すべきは、1枚のアルバムから5曲のHot 100 1位を生んだこと。これは当時の新記録で、2011年にケイティ・ペリーが並ぶまで20年以上破られませんでした。
音は『Thriller』よりも硬質で攻撃的。同時に「Man in the Mirror」のようなメッセージソングも収められ、表現者としての幅が一段広がった作品です。
『Bad』
アルバムのタイトル曲。黒い革の衣装とベルトのバックル、そして「Who’s bad?」というフレーズは、マイケルのイメージそのものになりました。
ミュージックビデオは、なんとマーティン・スコセッシ監督による18分の作品。地下鉄の駅を舞台にした白黒からカラーへの転換など、映画監督ならではの演出が光ります。
『The Way You Make Me Feel』
Hot 100で1位を獲得。跳ねるようなリズムと、指を鳴らしながら歩くステップが印象的な、アルバムで最も陽気な1曲です。
夜の路地で女性を追いかけるMVの内容も含めて、ライブでの定番曲。マイケルの曲のなかでも、理屈抜きに気分が上がる曲として人気があります。
『Man in the Mirror』
Hot 100で1位。ゴスペル合唱団を迎えた壮大なバラードで、「世界を変えたいなら、まず鏡に映る自分から変えろ」というメッセージが歌われます。
マイケル自身の作曲ではありませんが、彼の思想を最もよく表す曲として、後年のライブでは必ずクライマックスに置かれました。彼の死後、追悼の場で最も多く流された曲のひとつでもあります。
『Smooth Criminal』
緊迫したリズムの上を、息を詰めるようなボーカルが走り抜ける1曲。ダンスナンバーとしての完成度はマイケルの全キャリアでも最高峰です。
白いスーツで踊るMVには、体を斜め45度に倒したまま静止する通称「ゼロ・グラビティ」が登場します。特殊な靴による仕掛けだと後に明かされましたが、当時は世界中が仰天しました。映画『ムーンウォーカー』の中核をなす場面でもあります。
収録曲
- Bad
- The Way You Make Me Feel
- Speed Demon
- Liberian Girl
- Just Good Friends
- Another Part of Me
- Man in the Mirror
- I Just Can't Stop Loving You
- Dirty Diana
- Smooth Criminal
- Leave Me Alone
8th Album『Dangerous』(1991年)
1991年11月リリース。クインシー・ジョーンズとの共同作業を離れ、当時ニュージャックスウィングの旗手だったテディ・ライリーを迎えた転換作です。ビルボード200で1位、全世界で3,200万枚以上を売り上げました。
硬いビートとサンプリングを取り入れた前半、社会的・宗教的なテーマを扱う後半と、全77分にわたって密度が高い作品。80年代のポップスターが90年代の音へ乗り換えた、その手際が見事な1枚です。
『Black or White』
Hot 100で7週連続1位を記録した大ヒット曲。ロック的なギターリフに乗せて、肌の色は関係ないという主張をきわめてポップに歌い切ります。
ジョン・ランディスが再び監督したMVは、冒頭に少年時代のマコーレー・カルキンが登場し、世界各地の踊り手が次々と現れ、ラストでは人々の顔が次々と別人へ変わっていくモーフィング映像が使われました。技術と主張が完全に噛み合った、90年代を代表するミュージックビデオです。
『Remember the Time』
Hot 100で3位。テディ・ライリーらしいシャープなビートに、甘いメロディが乗ったR&Bナンバーです。
古代エジプトを舞台にしたMVには、エディ・マーフィー、モデルのイマン、バスケットボール選手のマジック・ジョンソンが出演。集団で踊るダンスシーンの格好よさは、いま観ても色褪せません。
『Heal the World』
子どもたちの声で始まる、平和と共生をテーマにしたバラード。マイケル自身が「自分の書いた曲で最も誇りに思う1曲」と語ったことでも知られています。
この曲名を冠したチャリティ財団「ヒール・ザ・ワールド財団」も設立され、彼の活動の象徴的な存在になりました。合唱曲としても親しまれ、日本でも学校で歌われることの多い曲です。
収録曲
- Jam
- Why You Wanna Trip on Me
- In the Closet
- She Drives Me Wild
- Remember the Time
- Can't Let Her Get Away
- Heal the World
- Black or White
- Who Is It
- Give In to Me
- Will You Be There
- Keep the Faith
- Gone Too Soon
- Dangerous
9th Album『HIStory: Past, Present and Future, Book I』(1995年)
1995年6月20日リリース。ディスク1に過去のヒット曲を集め、ディスク2に新曲15曲を収めた2枚組という異例の構成です。ビルボード200に初登場1位で登場し、全世界で2,000万枚以上を売り上げました。
1993年以降、報道によって激しく叩かれた時期の直後に作られた作品で、新曲にはメディアや社会への怒りが噴き出しています。「誰にでも好かれる存在」であることをやめた、最も攻撃的で個人的なアルバムです。
『Scream』
妹のジャネット・ジャクソンとのデュエット曲。Hot 100で5位を記録し、当時としては最高位での初登場記録を打ち立てました。報道への苛立ちをそのまま叫びに変えた、荒々しいダンスナンバーです。
白黒の宇宙船を舞台にしたミュージックビデオは、当時史上最高額の制作費が投じられた作品としてギネス世界記録に認定されました。姉弟の共演としても唯一無二の映像です。
『You Are Not Alone』
作曲はR.ケリー。ビルボードHot 100の歴史上はじめて「初登場1位」を達成した曲として、チャート史に名前が刻まれています。
怒りに満ちたアルバムのなかで、この曲だけは静かに寄り添うようなバラード。「あなたは一人じゃない」という言葉が、当時の彼自身に向けられているようにも聴こえます。
『Earth Song』
環境破壊と戦争をテーマにした、6分を超える大作バラード。アメリカではシングルカットされませんでしたが、イギリスでは6週連続1位という大ヒットを記録しました。
森林伐採や紛争の映像が続くMVは重い内容ですが、終盤で時間が巻き戻り、破壊された自然が回復していく展開に救いがあります。ヨーロッパでは、マイケルの代表曲としてこの曲を挙げる人も少なくありません。
収録曲(ディスク2「HIStory Continues」)
- Scream
- They Don't Care About Us
- Stranger in Moscow
- This Time Around
- Earth Song
- D.S.
- Money
- Come Together
- You Are Not Alone
- Childhood
- Tabloid Junkie
- 2 Bad
- HIStory
- Little Susie / Pie Jesu
- Smile
10th Album『Invincible』(2001年)
2001年10月30日リリース。生前最後のスタジオアルバムとなった作品です。ロドニー・ジャーキンスやテディ・ライリー、ベイビーフェイスらを迎え、全米・全英ともに1位を獲得しました。
過去の実績と比べると商業的には振るわなかった1枚ですが、全16曲を通して聴くと、2000年代のR&Bの流れをしっかり取り込んだ充実作。特に後半のバラード群は再評価が進んでいます。
『You Rock My World』
Hot 100で10位、イギリスでは2位を記録したリードシングル。往年のダンスナンバーの系譜にある、軽快でメロディアスな1曲です。
ミュージックビデオは、コメディアンのクリス・タッカーや名優マーロン・ブランドが出演する13分の短編仕立て。40代を迎えてなお、この完成度でステップを踏んでみせたことに驚かされます。
収録曲
- Unbreakable
- Heartbreaker
- Invincible
- Break of Dawn
- Heaven Can Wait
- You Rock My World
- Butterflies
- Speechless
- 2000 Watts
- You Are My Life
- Privacy
- Don't Walk Away
- Cry
- The Lost Children
- Whatever Happens
- Threatened
「BAD」ツアーは東京から始まった|日本とマイケル
マイケル・ジャクソンと日本の関係は、非常に深いものでした。象徴的なのが、1987年から始まった初のソロ・ワールドツアー「Bad World Tour」の初日です。会場はロンドンでもニューヨークでもなく、東京の後楽園球場。1987年9月12日、世界ツアーは日本から幕を開けました。
当初は9公演の予定でしたが、チケットが数時間で完売したため5公演が追加され、日本だけで計14公演が行われています。この時の熱狂ぶりは、当時の日本の洋楽人気を語るうえで欠かせない出来事として記憶されています。
その後も1992年から93年の「Dangerous World Tour」、1996年から97年の「HIStory World Tour」で来日し、東京ドームなどの巨大会場を満員にしました。プライベートでも来日を重ね、日本のファンとの距離が近いアーティストであり続けました。
『Thriller』は日本でも洋楽アルバムとして異例の売れ方をし、オリコンでミリオンセラーを達成。日本の洋楽リスナーにとって、マイケルは「洋楽を初めて意識したアーティスト」であることが非常に多い存在です。
突然の死と、遺したもの
2009年6月25日、マイケル・ジャクソンはロサンゼルスの自宅で亡くなりました。50歳。ロンドンのO2アリーナで予定されていた復帰公演「This Is It」(全50公演)に向けて、リハーサルを重ねている最中の出来事でした。
訃報は世界中を駆け巡り、追悼の動きは音楽の枠を大きく超えました。リハーサル映像をまとめた映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』は同年10月に公開され、世界的な大ヒットを記録しています。50歳を迎えてなお衰えないダンスと歌声が記録された、貴重な最後の姿です。
晩年の彼をめぐっては、報道や裁判を含めて複雑な議論が続いており、いまも評価が分かれる部分があります。それでも、彼が音楽とパフォーマンスにもたらした変化——ミュージックビデオの芸術化、ダンスと歌の統合、ジャンルと人種の壁の突破——が、その後のポップミュージックの前提になったことは間違いありません。
ビヨンセ、ジャスティン・ティンバーレイク、ブルーノ・マーズ、ザ・ウィークエンド。現在の第一線で活躍するアーティストの多くが、マイケルの影響を公言しています。
まとめ|まずはこの3曲から
マイケル・ジャクソンは、「歌がうまい人」でも「ダンスがうまい人」でもなく、その両方を同時に極限まで押し上げてしまった稀有な存在でした。加えて、映像表現とチャリティ活動まで含めて、ポップスターという職業の輪郭そのものを作り変えた人でもあります。
これから聴き始めるなら、まずは「Billie Jean」「Beat It」「Thriller」の3曲から。すべて『Thriller』に収録されているので、気に入ったらそのままアルバムを通しで聴いてみてください。ミュージックビデオもあわせて観ると、当時の衝撃がより伝わるはずです。
そのうえで、洗練されたダンスミュージックが好みなら『Off the Wall』へ、90年代以降の硬いビートが好みなら『Dangerous』へ。どこから入っても、必ず「知っている曲」に出会えるのがマイケル・ジャクソンというアーティストです。


