今回はKendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)を特集します。
ヒップホップの歴史上、最も評価されているアーティストのひとりです。2018年にはクラシックとジャズ以外の音楽家として史上初めてピュリッツァー賞を受賞し、2025年にはスーパーボウルのハーフタイムショーで単独ヘッドライナーを務めました。
この記事では、彼がどんなアーティストなのかという背景から、アルバム別のおすすめ曲、受賞歴、ライブ活動までをまとめて紹介します。「名前は聞くけれど、どこから聴けばいいか分からない」という人の入り口になれば幸いです。
Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)ってどんなアーティスト?
ケンドリック・ラマーは、1987年6月17日生まれ、アメリカ・カリフォルニア州コンプトン出身のラッパー/ソングライターです。本名はKendrick Lamar Duckworth(ケンドリック・ラマー・ダックワース)。
コンプトンで育った「ギャングにならなかった少年」
コンプトンは、N.W.A.やドクター・ドレー、イージー・Eを生んだ土地であると同時に、ギャング抗争と暴力で知られる街でもあります。彼はそこで生まれ育ちながら、ギャングには入らずに育ちました。
この「内側にいながら、当事者にはならなかった」という立ち位置が、彼の作品を独特なものにしています。街の暴力を外から批判するのでも、内から誇るのでもなく、そこで生きる人間の葛藤として描く。デビュー作から一貫している視点です。
高校時代からK.Dot名義で音源を発表し、2005年にTop Dawg Entertainment(TDE)と契約。2011年に自主制作でアルバム『Section.80』を発表しました。
ドクター・ドレーとの出会い
『Section.80』が評価を集めたことで、同じコンプトン出身のドクター・ドレーの目に留まります。彼が率いるAftermath Entertainment、そしてInterscope Recordsと契約し、メジャーの舞台に上がりました。
ドクター・ドレーはN.W.A.のメンバーとして西海岸ヒップホップの土台を作り、その後もエミネムや50セントを世に出したプロデューサーです。その系譜の正統な後継者として送り出されたのが、ケンドリック・ラマーでした。
ヒップホップ初のピュリッツァー賞
2018年、アルバム『DAMN.』がピュリッツァー賞音楽部門を受賞しました。この賞は長らくクラシックとジャズの作品に贈られてきたもので、ポピュラー音楽から選ばれたのは史上初のことです。
選考委員会は同作を「現代のアフリカ系アメリカ人の生活の複雑さを捉えた、真実味のある一連の楽曲集」と評価しました。ヒップホップが芸術として公式に認められた出来事として、いまも語られています。
アルバム別のおすすめ人気曲
ここからは主要な作品を発表順に、代表曲とあわせて紹介していきます。
2ndアルバム『good kid, m.A.A.d city』(2012年)
メジャーデビュー作にして、いまも彼の最高傑作に挙げる人が多い1枚。ジャケットには「a short film by Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマーによる短編映画)」と記されています。
その言葉どおり、コンプトンで過ごした10代の1日をたどるコンセプトアルバムです。曲の合間に家族の留守番電話が挟まり、物語が進んでいく構成になっています。ローリング・ストーン誌は本作を「史上最高のコンセプトアルバム」に選びました。
2ndアルバム『good kid, m.A.A.d city』収録曲(通常盤)
- Sherane a.k.a Master Splinter's Daughter
- Bitch, Don't Kill My Vibe
- Backseat Freestyle
- The Art of Peer Pressure
- Money Trees
- Poetic Justice
- Good Kid
- m.A.A.d city
- Swimming Pools (Drank)
- Sing About Me, I'm Dying of Thirst
- Real
- Compton
Swimming Pools (Drank)
アルバムを代表するヒット曲。ゆったりしたビートとキャッチーなフックで一見パーティーソングに聴こえますが、歌われているのは飲酒への依存と、それに流されていく若者の姿です。
「みんなが飲むから飲む」という同調圧力を、批判ではなく内側の実感として描く。彼のやり方がいちばん分かりやすく出た曲です。
Bitch, Don’t Kill My Vibe
浮遊感のあるトラックに、抑えたフロウが乗る1曲。周囲の期待や雑音から距離を取ろうとする内容で、アルバムの中でも人気の高い曲です。
Poetic Justic ft. Drake
ジャネット・ジャクソンの『Any Time, Any Place』(1993年)をサンプリングした、甘いムードのラブソング。ドレイクが客演しています。
後に2人が激しく対立することになるのを思うと、いま聴くと感慨深い1曲でもあります。
3rdアルバム『To Pimp a Butterfly』(2015年)
前作の物語性から一転、ジャズ、ファンク、ソウルといったブラックミュージックの歴史を丸ごと呑み込んだ野心作です。
制作のきっかけのひとつが、南アフリカ訪問でした。ロベン島にあるネルソン・マンデラの独房を見た経験が、人種と歴史をめぐるこのアルバムの方向を決めています。
全米・全英のアルバムチャートで1位を獲得。以後、彼のアルバムは5作連続で全米1位に立つことになります。
3rdアルバム『To Pimp a Butterfly』収録曲
- Wesley's Theory
- For Free? (Interlude)
- King Kunta
- Institutionalized
- These Walls
- u
- Alright
- For Sale? (Interlude)
- Momma
- Hood Politics
- How Much a Dollar Cost
- Complexion (A Zulu Love)
- The Blacker the Berry
- You Ain't Gotta Lie (Momma Said)
- i
- Mortal Man
Alright
この曲を抜きに2010年代のアメリカは語れません。「私たちはきっと大丈夫だ」と繰り返すフックが、Black Lives Matterの抗議デモで自然発生的に合唱されるようになりました。
モノクロで撮られたミュージックビデオも含めて、一曲がここまで社会と結びついた例はそう多くありません。
King Kunta
ファンクのベースラインが跳ねる、アルバムで最も踊れる1曲。タイトルは小説『ルーツ』の主人公クンタ・キンテから取られています。
i
アイズレー・ブラザーズをサンプリングした、まっすぐな自己肯定の曲。「俺は自分を愛している」と歌うシンプルな内容ですが、直前に収録されている『u』が自己嫌悪を吐き出す曲であることを踏まえると、その意味が変わってきます。
4thアルバム『DAMN.』(2017年)
前作の実験性から一歩引いて、ヒップホップとR&B、ポップの領域で勝負した作品。結果として最も広く聴かれたアルバムになりました。
初週60万3千ユニットを売り上げて全米1位を獲得し、前述のとおりピュリッツァー賞を受賞しています。
4thアルバム『DAMN.』収録曲
- BLOOD.
- DNA.
- YAH.
- ELEMENT.
- FEEL.
- LOYALTY.
- PRIDE.
- HUMBLE.
- LUST.
- LOVE.
- XXX.
- FEAR.
- GOD.
- DUCKWORTH.
HUMBLE.
彼にとってリードアーティストとして初の全米シングルチャート1位となった曲。Mike Will Made Itによる硬質なピアノのループに、「謙虚になれ」と言い放つフックが乗ります。
修正を加えない女性の姿を映すなど、ミュージックビデオの映像もひとつひとつ議論を呼びました。
DNA.
アルバムで最も激しい曲。途中でビートが切り替わってからの畳みかけは、彼のラップ技術を味わうならまずここという場面です。
LOYALTY. ft. Rihanna
リアーナを迎えた1曲。忠誠とは何かを問う内容で、翌年のグラミー賞で最優秀ラップ/歌唱パフォーマンス賞を受賞しました。
映画『ブラックパンサー』サウンドトラック(2018年)
マーベル映画『ブラックパンサー』のサウンドトラックで、キュレーター(音楽監修)と楽曲提供を担当しました。
All The Stars ft. SZA
同じTDE所属のSZAを迎えた主題歌。ビルボードのシングルチャートで7位まで上昇し、アカデミー賞歌曲賞にもノミネートされました。
この2人の組み合わせは、後の『luther』や合同ツアーにもつながっていきます。
5thアルバム『Mr. Morale & the Big Steppers』(2022年)
前作から約5年ぶりとなった2枚組のアルバム。自身のセラピー体験を軸に、幼少期のトラウマ、不貞、家族との関係といった極めて個人的な題材を掘り下げています。
自分の会社PGLangからの第1作であり、長年所属したTDEとAftermathでの最後の作品にもなりました。
5thアルバム『Mr. Morale & the Big Steppers』収録曲
- 【Disc 1: Big Steppers】United in Grief
- N95
- Worldwide Steppers
- Die Hard
- Father Time
- Rich (Interlude)
- Rich Spirit
- We Cry Together
- Purple Hearts
- 【Disc 2: Mr. Morale】Count Me Out
- Crown
- Silent Hill
- Savior (Interlude)
- Savior
- Auntie Diaries
- Mr. Morale
- Mother I Sober
- Mirror
N95
アルバムの先行曲。マスクの規格名をタイトルにして、人が身につけている見栄や虚飾を「全部脱げ」と迫ります。ビルボードのシングルチャートでトップ10入りしました。
Die Hard ft. Blxst & Amanda Reifer
アルバムの中では珍しく風通しのいい1曲。自分の弱さを認めたうえで、それでも受け入れてもらえるかと問いかける内容です。
The Heart Part 5
アルバム発表直前に公開された曲。ミュージックビデオでは、ディープフェイク技術によって彼の顔がカニエ・ウェスト、ウィル・スミス、O・J・シンプソン、ナイプシー・ハッスルらへと次々に変わっていきます。
「他者の立場に立って語る」という彼のやり方を、映像そのもので表現した作品でした。
『Not Like Us』とドレイクとの応酬(2024年)
2024年、ケンドリック・ラマーとドレイクのあいだで大規模な楽曲による応酬が起こりました。数日おきに双方が曲を投下し合うという展開は、音楽の枠を超えたニュースになりました。
そのなかで生まれたのが『Not Like Us』です。Mustardが手掛けた西海岸らしいビートに乗せた1曲で、ヒップホップの外側にも広く届きました。
※ この一連の曲には相手個人への強い非難が含まれています。ドレイク側はその内容を否定し、2025年1月にレーベルのユニバーサル ミュージック グループを相手取った訴訟を起こしました。ここでは楽曲とチャート上の出来事として紹介するにとどめます。
Not Like Us
10か国のチャートで1位を獲得し、Spotifyでいくつもの記録を塗り替えました。2025年2月の第67回グラミー賞では、ノミネートされた5部門すべてを制覇。最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞という主要2部門を含む完全制覇でした。
6thアルバム『GNX』(2024年)
2024年11月22日、事前告知なしのサプライズリリース。タイトルはビュイックの車種名「Regal GNX」から取られています。
TDEとAftermathを離れて初めての作品で、西海岸ヒップホップを現在の形で鳴らし直した1枚として高く評価されました。プロデュースにはSounwaveのほか、ジャック・アントノフやMustardが参加しています。全米アルバムチャートで1位を獲得し、これが5作連続の首位となりました。
6thアルバム『GNX』収録曲
- wacced out murals
- squabble up
- luther
- man at the garden
- hey now
- reincarnated
- tv off
- dodger blue
- peekaboo
- heart pt. 6
- gnx
- gloria
luther ft. SZA
タイトルはR&Bシンガーのルーサー・ヴァンドロスから。彼が1982年に歌った『If This World Were Mine』をサンプリングした、優しいラブソングです。
ビルボードのシングルチャートで13週連続1位を記録。ヒップホップの曲としては『Old Town Road』に次ぐ長さの首位でした。2026年2月の第68回グラミー賞で最優秀レコード賞を受賞しています。
squabble up
全米シングルチャート1位を獲得した1曲。Debbie Deb『When I Hear Music』(1983年)を下敷きにした、跳ねるトラックが印象的です。
tv off ft. Lefty Gunplay
曲の途中で「Mustard!」と叫んだ瞬間にビートが切り替わる展開が、SNSで大きなミームになりました。ビルボードのシングルチャートで2位を記録し、2026年のグラミー賞で最優秀ラップ・ソング賞を受賞しています。
受賞歴・記録
ピュリッツァー賞/2018年、『DAMN.』で音楽部門を受賞。クラシックとジャズ以外の音楽家として史上初の受賞です。
グラミー賞/2025年・第67回では『Not Like Us』がノミネート5部門すべてで受賞。2026年・第68回では『luther』で2年連続の最優秀レコード賞、『GNX』で最優秀ラップ・アルバム賞など5部門を受賞し、ヒップホップ史上最多受賞のアーティストとなりました(それまでの記録はジェイ・Z)。
チャート/アルバムは『To Pimp a Butterfly』以降、5作連続で全米1位。『good kid, m.A.A.d city』は全米アルバムチャートに最も長く在籍したヒップホップのスタジオアルバムです。
アカデミー賞/『All The Stars』で歌曲賞にノミネートされています。
ライブ・スーパーボウル
2025年2月9日、ニューオーリンズで開催されたスーパーボウルLIXのハーフタイムショーに、単独のヘッドライナーとして出演しました。SZAのほか、サミュエル・L・ジャクソン、セリーナ・ウィリアムズ、Mustardがゲストで登場しています。
この放送はアメリカ国内で延べ1億3,350万人が視聴し、1993年のマイケル・ジャクソンを抜いて歴代最多視聴のハーフタイムショーとなりました。単なる音楽ショーではなく、公民権をめぐる社会的なメッセージを含む構成が大きな議論を呼んでいます。
2025年4月から12月にかけては、SZAとの共同ヘッドライナーによる「Grand National Tour」を開催。全47公演を全編スタジアム規模で回り、ヨーロッパ、北米、南米、オーストラリアを訪れました。日本公演はこのツアーには含まれていません。
ケンドリック・ラマーの魅力
ひとつはアルバムを「作品」として作ることです。ヒット曲を並べるのではなく、1枚を通してひとつの話をする。『good kid, m.A.A.d city』は10代の1日を、『To Pimp a Butterfly』は歴史と自己嫌悪を、『Mr. Morale』は治療の過程を扱っています。曲単位でも聴けますが、通しで聴いたときに景色が変わります。
もうひとつは声色の使い分け。1曲のなかで語り手が入れ替わり、そのたびに声の高さも喋り方も変わります。英語が聞き取れなくても、いま別の人格が喋っていることは伝わってくる。ラップを「演技」として使う技術が突出しています。
そして誰も断罪しないこと。彼の曲には悪役があまり出てきません。暴力を振るう側も、逃げ出す側も、自分自身の弱さも、同じ距離で書く。それが「良心的なラッパー」と呼ばれる理由であり、社会的なテーマを扱っても説教臭くならない理由でもあります。
まず聴くならこの3曲
作品数が多いので、入り口を3曲に絞るとこうなります。
1曲目は『HUMBLE.』。いちばん有名で、いちばん短時間で強さが伝わる曲です。
2曲目は『luther』。ラップというよりR&Bに近い、いまの彼の柔らかい面。1曲目とのギャップで幅の広さが分かります。
3曲目は『Alright』。彼が音楽で何をやってきた人なのかが分かる1曲。ここまで聴いたら、あとは『good kid, m.A.A.d city』をアルバムごとどうぞ。
まとめ
コンプトンで育った少年が、ヒップホップ初のピュリッツァー賞を受け、スーパーボウルの舞台に立ち、グラミー賞の歴代最多受賞ラッパーになる。ここまで来てなお、彼の作品は売れ線に寄っていく気配がありません。
聴きやすい曲もあれば、正直かなり重たい曲もあります。ただ、そのどちらも同じ人が同じ姿勢で作っている。そこが分かってくると、一気に面白くなるアーティストです。
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