Foo Fighters(フー・ファイターズ)は、1994年にアメリカ・シアトルで始まったロックバンドです。ニルヴァーナのドラマーだったデイヴ・グロールが、バンドを失ったあとにひとりで全楽器を録音したデモから始まり、そこから30年以上かけて世界最大級のロックバンドになりました。轟音のギターと、必ず口ずさめるメロディ。この2つを一度も手放していないことが、彼らの強さです。
日本で名前が広く知られるようになったのは、「Everlong」「Learn to Fly」「Best of You」あたりの曲と、フジロックでの伝説的なライブでしょう。とくに彼らはライブバンドとしての評価が突出していて、「音源より現場のほうがすごい」と言われ続けてきた稀有な存在です。
この記事では、1995年のデビュー作から2026年の最新作『Your Favorite Toy』まで、アルバムを発表順にたどりながら代表曲を1曲ずつ紹介していきます。2022年のテイラー・ホーキンスの死とそこからの再出発、日本との深い縁、そしてロックの殿堂入り後の現在地まで押さえるので、これから聴き始める人の入口として使ってください。
Foo Fightersとは?
ニルヴァーナのドラマーが始めた「ひとりバンド」
すべての出発点は、1994年4月のカート・コバーンの死でした。ニルヴァーナのドラマーだったデイヴ・グロールは行き場を失い、その年の10月、シアトルのロバート・ラング・スタジオにこもります。そこでドラム、ギター、ベース、ボーカルのすべてを自分ひとりで、わずか6日間で録音したのが、のちにデビューアルバムになる音源でした。参加した他人は、ゲスト演奏したアフガン・ウィッグスのグレッグ・ダリだけです。
バンド名の「Foo Fighters」は、第二次世界大戦中にパイロットたちが未確認飛行物体を呼んだ言葉から取られました。グロールは「ひとりで作ったと知られたくなかったので、複数人のバンドだと思われる名前にした」と語っています。のちに本人が「世界一バカなバンド名だ」と振り返っているのも有名な話です。
デモが評判を呼んだことで、グロールは本物のバンドを組むことになります。サニー・デイ・リアル・エステイトからネイト・メンデル(ベース)とウィリアム・ゴールドスミス(ドラムス)、そしてニルヴァーナのサポートギタリストだったパット・スメアが加わり、1995年に4人組として動き出しました。ドラマーだった人がフロントマンに回るという転身は当時かなり驚かれましたが、結果としてグロールはロック史でも指折りのバンドリーダーになります。
2作目の制作でドラムをめぐる衝突が起き、ゴールドスミスが脱退。代わりに1997年に加入したのが、アラニス・モリセットのサポートを務めていたテイラー・ホーキンスでした。グロールとホーキンスの関係は、以後25年にわたってこのバンドの中心になります。1999年にはクリス・シフレットがギターで加入し、長く安定したラインナップが完成しました。
メンバー
| ボーカル / ギター | Dave Grohl(デイヴ・グロール / 1994年〜) |
| ベース | Nate Mendel(ネイト・メンデル / 1995年〜) |
| ギター | Pat Smear(パット・スメア / 1995〜1997年、2010年〜) |
| ギター | Chris Shiflett(クリス・シフレット / 1999年〜) |
| キーボード | Rami Jaffee(ラミ・ジャフィー / 2016年〜) |
| ドラムス | Ilan Rubin(イラン・ルービン / 2025年〜) |
| ドラムス(歴代) | William Goldsmith(1995〜1997年)/Taylor Hawkins(1997〜2022年)/Josh Freese(2023〜2025年) |
曲を書くのは基本的にデイヴ・グロールで、初期はほとんどの楽器も彼が弾いていました。ただしバンドとしての年月を重ねるにつれ、3本のギターが重なる分厚い音や、ラミ・ジャフィーのキーボードが加わった空間の広さなど、明らかに「6人でしか出せない音」に変わっていきます。
ドラマーの歴史はこのバンドの物語そのものです。2022年3月にテイラー・ホーキンスが亡くなったあと、2023年からジョシュ・フリーズが加入。そして2025年からはイラン・ルービンが正式メンバーとなり、最新作で初めてスタジオ録音に参加しました。
数字で見るFoo Fighters
グラミー賞の受賞は15回。うち最優秀ロック・アルバム賞は5回で、『There Is Nothing Left to Lose』(2001年)、『One by One』(2004年)、『Echoes, Silence, Patience & Grace』(2008年)、『Wasting Light』(2012年)、『Medicine at Midnight』(2022年)が受賞しています。同じ部門をこれだけ繰り返し獲ったバンドは他にありません。
楽曲単位でも、「All My Life」「The Pretender」「White Limo」の最優秀ハードロック・パフォーマンス賞、「Run」の最優秀ロック・ソング賞、「Learn to Fly」の最優秀ミュージックビデオ賞など、幅広い部門で受賞しています。
全米アルバムチャートで1位を獲ったのは『Wasting Light』(2011年)と『Concrete and Gold』(2017年)。イギリスではさらに強く、複数のアルバムが1位を記録しています。そして2021年、資格を得た最初の年でロックの殿堂入り。式典ではポール・マッカートニーが彼らを紹介し、そのままステージでビートルズの「Get Back」を共演しました。
Foo Fightersのおすすめ曲・アルバム
1st Album『Foo Fighters』(1995年)
1995年7月4日にアメリカで発売されたデビューアルバム。全米23位、初週の売上は約4万枚でした。前述のとおりデイヴ・グロールがほぼ全楽器をひとりで演奏しており、正確にはバンドの作品ですらありません。プロデュースはグロールとバレット・ジョーンズです。
ひとりで6日で録ったとは思えないほど、曲がしっかり立っています。ニルヴァーナの重さを引き継ぎつつ、メロディの人懐こさは明らかに別物。悲しみを引きずるのではなく、とにかく音を鳴らして前に出るという選択が、この1枚の空気を決めています。荒削りですが、彼らの原点として何度でも戻ってこられる作品です。
『This Is a Call』
1995年6月発売の記念すべき1stシングルで、アルバムの1曲目でもあります。フー・ファイターズという名前で世に出た最初の音がこの曲でした。
歌詞は具体的な物語ではなく、言葉の響きを積み上げていくタイプ。ただ「これは呼びかけだ」というタイトルと、突き抜けるコーラスの開放感が、バンドの再出発そのものに聞こえます。ドラムがとにかく気持ちよく、グロールがどれほど優れた叩き手だったかもよくわかる1曲です。
『I’ll Stick Around』
1995年9月発売の2ndシングル。抑えたAメロから、サビで一気に歪みが解放される構成は、90年代アメリカのオルタナティブロックの王道です。バンドがライブで演奏し始めた最初期の曲でもあります。
「俺はここに残る」という繰り返しが、当時のグロールの状況と重ねて読まれてきました。本人は特定の誰かの歌ではないと言っていますが、失ったあとにそれでも続けると宣言する曲として、バンドの最初の1歩にふさわしい重みがあります。
『Big Me』
1996年3月発売のシングル。2分たらずの、驚くほど素直なポップソングです。ミュージックビデオはミント菓子メントスのCMをそっくり真似た「Footos」というパロディで、これがMTVで大人気になりました。
後日談が愉快で、ライブでこの曲をやるたびに客席からメントスが大量に投げ込まれるようになり、バンドは長らくセットリストから外していました。深刻な出自を持つバンドが、こういうふざけ方を最初からできていた——その資質は、のちの「Learn to Fly」や「Walk」のビデオまでずっと続きます。
収録曲
- This Is a Call
- I'll Stick Around
- Big Me
- Alone + Easy Target
- Good Grief
- Floaty
- Weenie Beenie
- Oh, George
- For All the Cows
- X-Static
- Wattershed
- Exhausted
2nd Album『The Colour and the Shape』(1997年)
1997年5月20日発売、全米10位。プロデューサーにピクシーズなどを手がけたギル・ノートンを迎え、初めて「バンドのアルバム」として作られた作品です。アメリカ国内で230万枚以上を売り、いまなお彼らの最大のセールスを記録しています。
制作は平坦ではありませんでした。グロールがドラマーのウィリアム・ゴールドスミスの演奏に納得できず、大半を自分で録り直したことでゴールドスミスは脱退。代わりにテイラー・ホーキンスが加入し、発売直後にはパット・スメアも離れます。そんな混乱のなかで、離婚を経たグロールの生々しい感情が全編に刻まれました。フー・ファイターズを1枚だけ聴くなら、まずこれです。
『Monkey Wrench』
1997年4月発売の先行シングル。アメリカのロックラジオでトップ10に入り、アルバムの看板曲になりました。イントロのリフが鳴った瞬間に空気が変わる、ライブでも定番の曲です。
白眉は終盤、グロールが一息で言葉をまくし立てるパート。息継ぎなしで叫び切るこの数十秒のために、彼はレコーディングで何テイクも重ねたと言われています。壊れかけた関係を扱った歌詞と、その物理的な苦しさが完全に一致していて、聴いていて胸が詰まる瞬間です。
『Everlong』
1997年8月18日発売。全米オルタナティブ・チャートで3位。数字だけ見れば飛び抜けてはいませんが、フー・ファイターズを1曲で表すならこの曲だという点に、ほとんど異論はありません。ライブでも本編やアンコールの最後に置かれる、事実上のテーマ曲です。
離婚のさなか、友人宅で45分ほどで書き上げた曲だとグロールは語っています。ミュージックビデオはミシェル・ゴンドリーによる悪夢めいた映像。そして司会者のデヴィッド・レターマンがこの曲を「自分のいちばん好きな曲」と公言し、心臓手術からの復帰時に演奏を依頼したエピソードでも知られます。轟音なのに、なぜか泣ける。この矛盾がこのバンドの本質です。
『My Hero』
1998年1月19日発売のシングルで、全米オルタナティブ・チャート6位。カート・コバーンへの歌だと長く誤解されてきましたが、グロールは「有名人ではなく、ごく普通の人たちのなかにいるヒーローについての曲」だと繰り返し説明しています。
グロール自身が監督したミュージックビデオは、燃える建物から赤ん坊と犬を救い出す男を長回しで追うというもの。そして2022年のテイラー・ホーキンス追悼公演では、当時16歳だった息子シェイン・ホーキンスがこの曲でドラムを叩き、世界中が息を呑みました。曲の意味が、書かれた25年後に更新されてしまった稀な例です。
収録曲
- Doll
- Monkey Wrench
- Hey, Johnny Park!
- My Poor Brain
- Wind Up
- Up in Arms
- My Hero
- See You
- Enough Space
- February Stars
- Everlong
- Walking After You
- New Way Home
3rd Album『There Is Nothing Left to Lose』(1999年)
1999年11月2日発売、全米10位。レーベルをRCAに移して最初の作品で、2001年のグラミーで初の最優秀ロック・アルバム賞を受賞しました。「Learn to Fly」のビデオも同時に受賞し、バンド初のグラミーはこの2つです。
録音場所はヴァージニア州にあるグロールの自宅地下スタジオ。ギタリスト不在の3人編成で、締切に追われずのびのび作られました。前作の緊張感が抜け、メロディの美しさが前に出た1枚です。グロール自身が「いちばん好きなアルバム」に挙げていることでも知られています。
『Learn to Fly』
1999年発売の先行シングルで、バンドにとって初期最大のヒットになりました。2001年のグラミーで最優秀ミュージックビデオ賞を受賞しています。
そのビデオは映画『フライングハイ』を下敷きにした機内コメディで、テネイシャスDのジャック・ブラックとカイル・ガスが整備士役で出演。メンバーも1人何役も演じています。曲そのものは、飛べない自分がそれでも上を目指す、という素直な応援歌。轟音と笑いと切なさが同じ場所にある、フー・ファイターズらしさの完成形です。
『Breakout』
アルバム2曲目で、シングルとしても発売された曲。映画『メリーに首ったけ』でも使われ、日本でもこの経路で耳にした人が多いはずです。
2分台の直球のロックで、余計なものが一切ありません。テイラー・ホーキンス加入後のリズム隊がいかに強力かがはっきりわかる曲で、ライブでは前半の畳みかけによく使われました。このアルバムの穏やかな曲たちとの落差も含めて、いいアクセントになっています。
収録曲
- Stacked Actors
- Breakout
- Learn to Fly
- Gimme Stitches
- Generator
- Aurora
- Live-In Skin
- Next Year
- Headwires
- Ain't It the Life
- M.I.A.
- Fraternity
4th Album『One by One』(2002年)
2002年10月22日発売、全米3位。イギリス、アイルランド、オーストラリアでは1位を獲得しました。2004年のグラミーで最優秀ロック・アルバム賞、「All My Life」は2003年に最優秀ハードロック・パフォーマンス賞を受賞しています。
制作過程が壮絶でした。ロサンゼルスで4か月と100万ドル以上をかけて録った音源を、グロールが「他のバンドが自分たちの曲を演奏しているように聞こえる」と全部ボツにします。2002年のコーチェラの時期にはバンドが解散寸前まで行き、そこから立て直して、自宅スタジオでわずか2週間で録り直したのがこのアルバムです。焦げつくような緊迫感は、その経緯がそのまま音になったものです。
『All My Life』
2002年9月24日発売の先行シングル。2003年のグラミーで最優秀ハードロック・パフォーマンス賞を受賞し、ロックラジオでも長く1位に居座りました。
ささやくようなイントロから、爆発、そして終盤のさらなる加速へ。静と動の落差を極端に振り切った構成で、彼らのライブでは長らくオープニングを飾ってきました。ホーキンスのドラムが最後まで一切ゆるまないところも聴きどころです。
『Times Like These』
2003年1月発売の2ndシングル。解散寸前だったバンドがもう一度やると決めた時期に書かれた曲で、変則的な拍子のイントロから、大きく開けたサビへ流れ込みます。
「こういう時代だからこそ、学び直す/愛し直す」と歌う内容は、書かれた事情を知るとより刺さります。のちにコロナ禍のチャリティー企画で世界中のミュージシャンがリレー形式でカバーしたことでも知られ、彼らの曲のなかでもっとも汎用性の高い希望の歌になりました。
収録曲
- All My Life
- Low
- Have It All
- Times Like These
- Disenchanted Lullaby
- Tired of You
- Halo
- Lonely as You
- Overdrive
- Burn Away
- Come Back
5th Album『In Your Honor』(2005年)
2005年6月14日発売、全米2位(1位はコールドプレイ『X&Y』)。初週の売上は31万枚を超えました。オーストラリア、アイルランドなどでは1位を獲得しています。
最大の特徴は、ハードなロック曲だけを集めたディスク1と、アコースティック曲だけを集めたディスク2に分けた2枚組という構成です。グロールはこれを「酒と、その二日酔い」と表現しました。ディスク2にはノラ・ジョーンズ、レッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズ、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのジョシュ・オムなど豪華なゲストが参加しています。
『Best of You』
2005年の先行シングルで、全米ホット100で18位。これがいまも彼らのシングル最高位です。イギリスやオーストラリアでも自己最高を記録しました。
「誰かに自分のいちばんいい部分を奪われていないか」と問いかける歌詞を、グロールが喉を潰しそうな勢いで叫び続けます。この曲を決定的にしたのが、2007年2月のスーパーボウルXLIのハーフタイムショーでプリンスがカバーしたこと。豪雨のなかで演奏されたあのバージョンによって、曲は完全にロックのスタンダードになりました。
『DOA』
2005年の2ndシングルで、ディスク1を代表するハードな曲。ざらついたギターリフと、たたみかけるサビで一気に押し切ります。
タイトルの「DOA」は「Dead On Arrival(搬送時死亡)」の略。物騒な言葉ですが、曲調はむしろ突き抜けて力強く、そのギャップがこのアルバムのロック側の性格をよく表しています。2枚組の重さに気後れする人は、まずこの曲と「Best of You」だけ聴いてみてください。
収録曲(ディスク1)
- In Your Honor
- No Way Back
- Best of You
- DOA
- Hell
- The Last Song
- Free Me
- Resolve
- The Deepest Blues Are Black
- End Over End
収録曲(ディスク2:アコースティック)
- Still
- What If I Do?
- Miracle
- Another Round
- Friend of a Friend
- Over and Out
- On the Mend
- Virginia Moon
- Cold Day in the Sun
- Razor
6th Album『Echoes, Silence, Patience & Grace』(2007年)
2007年9月25日発売、初週16万8,000枚で全米3位。『The Colour and the Shape』のギル・ノートンが10年ぶりにプロデューサーとして復帰しました。2008年のグラミーで最優秀ロック・アルバム賞を受賞し、最優秀アルバム賞にもノミネートされています。
轟音の曲と、アコースティックの曲が同じアルバムのなかで自然に同居する——前作で2枚に分けたものを、1枚に溶かし込んだ作品です。グロールに娘が生まれた時期の作品でもあり、生と死をめぐる落ち着いた視線が全体を貫いています。派手さでは他作に譲りますが、完成度では屈指の1枚です。
『The Pretender』
2007年の先行シングル。全米モダンロック・チャートで18週連続1位という当時の記録を打ち立てた、キャリア屈指のヒットです。グラミーでも最優秀ハードロック・パフォーマンス賞を受賞しました。
静かなアルペジオから始まり、「What if I say I’m not like the others?」の一節で世界が反転する構成が見事です。真っ赤な壁と機動隊が押し寄せるミュージックビデオも強烈で、権力に対して一歩も引かないという曲の姿勢を視覚化しています。彼らの後期を代表する1曲です。
『Long Road to Ruin』
2007年12月発売の2ndシングルで、この曲もモダンロック・チャートで1位を獲得しました。アルバムからは複数のシングルが同チャートの首位に立っています。
破滅への長い道、という重いタイトルとは裏腹に、曲そのものは明るく開けたミドルテンポのロックです。ミュージックビデオは昼ドラのパロディで、メンバーが役者として大げさに演じています。深刻さとふざけを同じ曲で成立させる、彼らの得意技がここでもよく効いています。
収録曲
- The Pretender
- Let It Die
- Erase/Replace
- Long Road to Ruin
- Come Alive
- Stranger Things Have Happened
- Cheer Up, Boys (Your Make Up Is Running)
- Summer's End
- Ballad of the Beaconsfield Miners
- Statues
- But, Honestly
- Home
7th Album『Wasting Light』(2011年)
2011年4月12日発売。初週23万5,000枚でバンド初の全米1位を獲得しました。プロデューサーはニルヴァーナ『Nevermind』のブッチ・ヴィグ。2012年のグラミーでは最優秀ロック・アルバム賞を含む4部門を制しています。
録音場所はロサンゼルス郊外にあるグロールの自宅ガレージ。しかもコンピュータを一切使わず、すべてアナログテープで録音するという徹底ぶりでした。修正がきかない環境で演奏したことで、音の粒立ちと緊張感が段違いになっています。ニルヴァーナのクリス・ノヴォセリックやボブ・モールドが参加し、パット・スメアが1997年以来の正式メンバーとして復帰した作品でもあります。
『Rope』
2011年2月発売の先行シングル。アルバムの2曲目で、ロックラジオで大ヒットしました。細かく刻むギターのリフから、浮遊感のあるサビへ抜けていく構成です。
この曲の主役はドラムです。テイラー・ホーキンスの手数の多いフィルが曲を絶えず前に押し出し続けていて、アナログ録音の生々しさがそれを余すところなく捉えています。彼のプレイヤーとしての凄みを知りたいなら、まずこの曲を聴いてください。
『Walk』
アルバムの最後を飾る曲で、シングルとしても発売されました。2012年のグラミーで最優秀ロック・パフォーマンス賞と最優秀ロック・ソング賞の2部門を受賞しています。
「I never wanna die」と繰り返す終盤は、彼らのライブでもっとも合唱が大きくなる場面のひとつです。ミュージックビデオは映画『フォーリング・ダウン』のパロディで、渋滞にキレたグロールが街を練り歩くというもの。曲の切実さとビデオのばかばかしさが同居しているのが、実にこのバンドらしいところです。
収録曲
- Bridge Burning
- Rope
- Dear Rosemary
- White Limo
- Arlandria
- These Days
- Back & Forth
- A Matter of Time
- Miss the Misery
- I Should Have Known
- Walk
8th Album『Sonic Highways』(2014年)
2014年11月10日発売、初週19万枚で全米2位。プロデュースは再びブッチ・ヴィグとバンド自身です。全8曲という短さですが、企画としては彼らのキャリアでもっとも大がかりな作品でした。
その企画とは、アメリカの8つの都市を回り、それぞれの土地の音楽史を取材したうえで、その街で1曲ずつ録音するというもの。シカゴ、ナッシュビル、ニューオーリンズ、シアトル、ニューヨークなど、選ばれた街はいずれもアメリカ音楽の要所です。過程はHBOのドキュメンタリーシリーズとして放送され、音楽そのものより「アメリカのロックとは何か」を問う仕事になりました。
『Something From Nothing』
2014年10月16日発売の先行シングルで、シカゴで録音されたアルバムの1曲目です。シカゴはグロールが少年時代にパンクと出会った土地でもあり、企画の出発点としてふさわしい場所でした。
抑えた導入から、後半にかけて何段階も膨らんでいく6分近い曲。「無から何かを作る」というタイトルは、シカゴのDIYシーンへの敬意であると同時に、ひとりのデモから始まったこのバンド自身の物語でもあります。地味に聞こえて、実はいちばん自己言及的な曲です。
収録曲
- Something from Nothing
- The Feast and the Famine
- Congregation
- What Did I Do? / God as My Witness
- Outside
- In the Clear
- Subterranean
- I Am a River
9th Album『Concrete and Gold』(2017年)
2017年9月15日発売。全米・全英ともに1位を獲得し、アメリカでは2枚目のチャート1位アルバムになりました。プロデューサーには、アデルやシーアを手がけたポップ畑のグレッグ・カースティンを起用しています。
その人選が効いて、轟音は轟音のまま、コーラスワークと音の重ね方が格段に緻密になりました。ゲストも豪華で、ポール・マッカートニーが「Sunday Rain」でドラムを叩き、ジャスティン・ティンバーレイクがコーラスで参加、ボーイズIIメンのショーン・ストックマンが表題曲で歌っています。
『Run』
2017年6月1日発表の先行シングル。全米メインストリーム・ロック・チャートで1位を獲得し、2018年のグラミーで最優秀ロック・ソング賞を受賞しました。
静かなイントロから、突然メタルのような高速パートに突入する落差が凄まじい曲です。ミュージックビデオは老人ホームの入居者たちが暴れ出すというコメディで、メンバー全員が老人メイクで出演。「逃げろ、自由に生きろ」というメッセージを、いちばん自由から遠い場所に置いて見せる仕掛けになっています。
『The Sky Is a Neighborhood』
2017年8月23日発表の2ndシングル。重く引きずるリズムと、大きく歌い上げるコーラスが対照的な曲です。ザ・キルズのアリソン・モスハートがコーラスで参加しています。
タイトルの「空はご近所さんだ」は、宇宙のどこかに他の生命がいるかもしれない、という発想から。グロールが自分の子どもと星空を見上げた経験が発端になっています。ミュージックビデオも家族と家を舞台にしたもので、フー・ファイターズが「父親の世代のバンド」になったことを堂々と作品にした曲でもあります。
収録曲
- T-Shirt
- Run
- Make It Right
- The Sky Is a Neighborhood
- La Dee Da
- Dirty Water
- Arrows
- Happy Ever After (Zero Hour)
- Sunday Rain
- The Line
- Concrete and Gold
10th Album『Medicine at Midnight』(2021年)
2021年2月5日発売。全米3位、全英1位。もともと2020年に出す予定でしたが、パンデミックでいったん無期延期になり、それでも「いま出すことに意味がある」という判断で発売されました。プロデュースは前作に続きグレッグ・カースティンです。
グロールがこの作品の参照点に挙げたのは、デヴィッド・ボウイの『Let’s Dance』でした。ダンスロック的なグルーヴやループを取り入れ、全9曲37分という短さでまとめた、彼らとしてはかなり異色の1枚です。2022年のグラミーでは最優秀ロック・アルバム賞に加え、収録曲が最優秀ロック・ソング賞と最優秀ロック・パフォーマンス賞も受賞しました。
『Shame Shame』
2020年11月発表の先行シングル。轟音のギターではなく、跳ねるリズムとファルセットで押していく、フー・ファイターズらしからぬ曲です。発表と同時にサタデー・ナイト・ライブで披露されました。
グロールが繰り返し見ていた悪夢を題材にしたと語っており、歌詞にも不穏さが漂います。モノクロで撮られたミュージックビデオも儀式めいた不気味さで統一されていて、「みんなで合唱するバンド」という彼らのイメージからいちばん遠いところにある曲です。
『Waiting on a War』
2021年1月14日発表のシングルで、2022年のグラミーで最優秀ロック・ソング賞を受賞しました。アコースティックギターの弾き語りから始まり、終盤で一気に爆発する構成です。
発想の元になったのは、冷戦下のワシントン近郊で育ったグロールが、子どものころ「戦争が起きるのか」と怯えていた記憶と、同じことを自分の娘が口にしたという出来事でした。世代を越えて同じ不安が繰り返されることへの静かな怒りが、このバンドとしては珍しく落ち着いた筆致で書かれています。
収録曲
- Making a Fire
- Shame Shame
- Cloudspotter
- Waiting on a War
- Medicine at Midnight
- No Son of Mine
- Holding Poison
- Chasing Birds
- Love Dies Young
11th Album『But Here We Are』(2023年)
2023年6月2日発売、全英1位・全米8位。テイラー・ホーキンスの死(2022年3月)と、同年8月に亡くなったグロールの母ヴァージニアに捧げられた作品です。プロデュースはグレッグ・カースティン。
ドラムはデイヴ・グロールが全曲を叩いています。新曲でグロールがドラムを担当するのは2006年以来で、これはバンドの出発点への回帰であると同時に、他の誰にも座らせないという意思表示にも見えます。喪失を正面から扱いながら、音は驚くほど荒々しく速い。悲しみを静かに扱わなかったことが、この作品を特別なものにしています。
『Rescued』
2023年4月19日発表の先行シングルで、アルバムの1曲目。喪失のあと最初に世に出た新曲で、2024年のグラミーでは最優秀ロック・パフォーマンス賞と最優秀ロック・ソング賞にノミネートされました。
「It came in a flash(それは一瞬で来た)」という書き出しから、避けようのない出来事をそのまま歌います。それでいて曲調は明るいコード進行の疾走するロックで、悲嘆に沈まないという選択がはっきり出ています。何が起きたかを知って聴くと、コーラスの開放感がかえって胸に刺さる曲です。
『Under You』
2023年5月17日発表の2ndシングル。3分たらずの、初期を思わせる素直なロックソングです。アルバムのなかでもとくに聴きやすい曲でしょう。
「まだ君の写真が壁に貼ってある」というような、日常のなかで不在に気づいてしまう瞬間が並べられています。大げさな哀悼ではなく、生活の細部で書くという選択。こういう書き方ができるようになったところに、30年近く続けてきたバンドの成熟が出ています。
収録曲
- Rescued
- Under You
- Hearing Voices
- But Here We Are
- The Glass
- Nothing at All
- Show Me How
- Beyond Me
- The Teacher
- Rest
12th Album『Your Favorite Toy』(2026年)
2026年4月24日発売の最新作。全英2位、全米23位で、イギリスやフランスのロックチャートでは1位を獲得しました。2024年から2025年にかけて、グロールの自宅スタジオとロサンゼルスのStudio 606で録音されています。
大きな変化は2つ。ひとつは、2017年から続いたグレッグ・カースティン体制を離れ、オリヴァー・ローマンとの共同プロデュースになったこと。もうひとつは、2025年に加入したドラマーのイラン・ルービンが初めてスタジオ録音に参加したことです。クリックを使わずグロールと2人で同時に録ったというリズムトラックは、生々しく揺れています。ピッチフォークが「この30年でもっとも贅肉のないフー・ファイターズのアルバム」と評したとおり、余計なものを削ぎ落とした10曲です。
『Asking for a Friend』
2025年10月23日発表の先行シングルで、新体制になって最初に世に出た曲です。アルバムでは最後に置かれています。
タイトルは「友達が聞きたがってるんだけど」というネット上の常套句で、本当は自分のことを聞いているときに使う言い回し。その皮肉をそのまま曲名にしています。テンポは速く、音はざらついていて、前作の重い主題を通過したあとのバンドが、ふたたび軽やかに動き出したことが伝わってきます。
『Your Favorite Toy』
2026年2月19日発表の表題曲。アルバムの4曲目に収められています。
「お気に入りのおもちゃ」という言葉で、使われて捨てられる関係を描いた曲です。歪んだギターと、たたみかけるサビ。1997年の『The Colour and the Shape』を引き合いに出した評があったのも納得の、直球のフー・ファイターズです。
『Of All People』
2026年4月10日発表、アルバム発売直前の4thシングルで、収録順では2曲目。この作品からのミュージックビデオのなかでも、とくに反響の大きかった曲です。
「よりによって君が」という含みのあるタイトルどおり、裏切りと驚きが主題になっています。ミドルテンポで押していく構成のなかで、コーラスに入った瞬間に視界が開ける作り。50代のバンドがまだこの瞬発力を持っていることを示す1曲です。
収録曲
- Caught in the Echo
- Of All People
- Window
- Your Favorite Toy
- If You Only Knew
- Spit Shine
- Unconditional
- Child Actor
- Amen, Caveman
- Asking for a Friend
テイラー・ホーキンスの死と、バンドが選んだ続け方
2022年3月25日、南米ツアー中のフー・ファイターズを悲報が襲います。ドラマーのテイラー・ホーキンスが、コロンビアのボゴタで滞在先のホテルで亡くなりました。50歳。その日の夜に出演予定だったフェスの直前の出来事でした。
ホーキンスは1997年、アラニス・モリセットのサポートドラマーからこのバンドに移ってきた人物です。「ソロアーティストの後ろで叩くより、ロックバンドのドラマーでいたい」という理由で、自ら手を挙げたと言われています。以後25年、デイヴ・グロールの相棒として、演奏だけでなくバンドの空気そのものを作り続けました。
バンドは同年9月、追悼公演を2回開きます。9月3日にロンドンのウェンブリー・スタジアム、9月27日にロサンゼルス近郊のキア・フォーラム。ポール・マッカートニー、クイーンのブライアン・メイ、ジョーン・ジェット、マイリー・サイラスら世代もジャンルも異なるミュージシャンが次々にステージに立ち、6時間近い規模になりました。
その公演でもっとも語り継がれているのが、当時16歳だったホーキンスの息子シェインが「My Hero」でドラムを叩いた場面です。父親そっくりの叩き方で全力で打ち込む姿に、グロールがステージ上で泣きながら歌う——ロック史に残る数分間でした。
そしてバンドは、解散ではなく続けることを選びます。2023年にジョシュ・フリーズを迎えて活動を再開し、同年『But Here We Are』を発表。2025年からはイラン・ルービンがドラムに座りました。「続ける」という選択が正しかったかどうかは誰にも言えませんが、少なくとも彼らは、悲しみを理由に音を止めなかったバンドとして記憶されることになります。
日本とFoo Fighters — フジロックとの長い縁
日本におけるフー・ファイターズを語るうえで欠かせないのが、フジロック・フェスティバルです。彼らは1997年、富士山麓で開かれた第1回フジロックに出演しました。台風が直撃した伝説の初回で、暴風雨のなかメインステージに立ったバンドのひとつが彼らでした。日本の音楽フェス史の原点に、この人たちがいたわけです。
以降も縁は続きます。2000年に苗場での初出演、2005年には初めてグリーンステージのヘッドライナーを務めました。2015年には10年ぶりに登場し、このときグロールはスウェーデン公演でステージから落ちて脚を骨折した直後。特製の「玉座」に座ったまま、髪を振り乱してヘッドライナーをやり切りました。この年の映像は、いまも彼らの気合いを象徴する場面として語られます。
2023年には8年ぶりにフジロックへ戻り、土曜日のヘッドライナーを務めました。テイラー・ホーキンスの死から1年余り、新体制での日本初お目見えとなったステージです。
そして2025年10月、実に17年ぶりとなる単独来日公演が実現しました。10月7日と8日のさいたまスーパーアリーナ、10月10日のジーライオンアリーナ神戸という日程です。フェスの1枠ではなく、2時間以上を丸ごと使ったセットで彼らを観られたのは、日本のファンにとって長く待った出来事でした。
ロックの殿堂入りと、デイヴ・グロールという人
2021年10月30日、フー・ファイターズはロックの殿堂入りを果たしました。資格が発生する「メジャーデビューから25年」の最初の年での選出です。式典で彼らを紹介したのはポール・マッカートニーで、そのままステージでビートルズの「Get Back」を一緒に演奏しました。
ちなみにデイヴ・グロールにとっては、ニルヴァーナ(2014年)に続く2度目の殿堂入りです。ドラマーとして一度、フロントマンとしてもう一度。この経歴を持つ人はほとんどいません。
グロールという人物を語るとき、必ず出てくるのが「ロック界でいちばんいい人」という評判です。他のバンドのドラムを叩き、後輩を引き上げ、フェスでは飛び入りを歓迎し、ファンをステージに上げて一緒に演奏させる。バンドの成功を、自分の周囲の人間関係にそのまま還元してきたタイプの人です。
その姿勢は音楽そのものにも表れています。フー・ファイターズの曲は、難解さで人を選ばず、必ず全員で歌える場所が用意されている。轟音のロックバンドでありながら、誰も置いていかない設計になっている——30年以上大きくなり続けている理由は、たぶんそこにあります。
まとめ
Foo Fighters(フー・ファイターズ)は、失われたバンドの残されたドラマーが、ひとりでテープを回したところから始まりました。そこから30年、彼らはスタジアムを埋めるバンドになり、ロックの殿堂に入り、そして再び大きな喪失を経験してもなお音を止めていません。轟音とメロディ、真剣さとふざけ、悲しみと前進。どれも捨てずに全部持ったまま続けてきたことが、このバンドの一貫した性格です。
最初の1枚に迷ったら、『The Colour and the Shape』から入ってください。「Everlong」「Monkey Wrench」「My Hero」という代表曲が揃い、バンドとしての最初の完成形がここにあります。そこで手応えがあれば、アナログテープの緊張感が全編に張り詰めた『Wasting Light』へ。もう少し落ち着いたものが聴きたければ、グロール自身が最も愛する『There Is Nothing Left to Lose』もおすすめです。
曲単位で試すなら、まずは「Everlong」「Best of You」「The Pretender」「Learn to Fly」の4曲。ここに最新作の「Of All People」を足せば、彼らの30年をだいたい一望できます。そして機会があれば、ぜひライブで観てください。このバンドの本当の凄さは、音源ではなくステージの上にあります。


