Bon Jovi(ボン・ジョヴィ)は、アメリカ・ニュージャージー州出身のロックバンドです。1986年の『Slippery When Wet』で世界的な成功をつかみ、総セールスは1億3,000万枚を超えています。「Livin’ on a Prayer」の大合唱を知らない人はいない、というレベルの国民的バンドです。
彼らの強みは、ロックバンドでありながら、誰でも一緒に歌える形を突き詰めたところにあります。ジョン・ボン・ジョヴィの伸びる声、リッチー・サンボラのトークボックスやコーラス、そしてサビで必ず開ける景色。ハードロックの音でありながら、歌謡曲のように口をついて出るメロディを書き続けてきました。
そしてもうひとつ、日本のリスナーには特別な理由があります。彼らを世界で最初に評価したのが日本だった、という経緯があるからです。この記事では、バンドの歩みを整理したうえで、代表的なアルバムを発表順にたどり、それぞれの曲を1曲ずつ紹介していきます。
Bon Jovi(ボン・ジョヴィ)とは?
ニュージャージーの若者が国民的バンドになるまで
結成は1983年、ニュージャージー州セイレビル。ボーカルのジョン・ボン・ジョヴィを中心に、ギターのリッチー・サンボラ、キーボードのデヴィッド・ブライアン、ドラムのティコ・トーレス、ベースのアレック・ジョン・サッチという5人で始まりました。
1984年のデビューアルバム『Bon Jovi』、1985年の『7800° Fahrenheit』は、アメリカ本国ではまだ中堅の扱いでした。状況を変えたのが1986年の3作目『Slippery When Wet』です。Billboard 200で8週にわたって1位を占め、アメリカだけで1,500万枚。ハードロックをラジオで流れるポップスの形に翻訳した作品として、1980年代の音楽シーンを塗り替えました。
1988年の『New Jersey』ではハードロックのアルバムとして史上最多となる5曲のトップ10ヒットを送り出し、1992年の『Keep the Faith』からは社会的な視線を含む歌詞へ舵を切ります。2000年の『Crush』では「It’s My Life」で新しい世代を取り込み、2018年にはロックの殿堂入り。2024年には16作目『Forever』を発表しました。
大きな転機は2013年です。バンドの音の半分を担っていたリッチー・サンボラがツアーを離れ、事実上の脱退となりました。さらに2022年、ジョン・ボン・ジョヴィが声帯の手術を受けます。それでも活動は止まらず、2024年には手術を経ての初のアルバムを届けました。
メンバー
| ボーカル・ギター | ジョン・ボン・ジョヴィ(1983年〜) |
| キーボード | デヴィッド・ブライアン(1983年〜) |
| ドラム | ティコ・トーレス(1983年〜) |
| ベース | ヒュー・マクドナルド(正式加入2016年/サポートとして1994年〜) |
| リードギター | フィル・X(正式加入2016年/サポートとして2013年〜) |
| リードギター(1983〜2013年) | リッチー・サンボラ |
| ベース(1983〜1994年) | アレック・ジョン・サッチ(2022年に死去) |
リッチー・サンボラの離脱について、正式な理由は発表されていません。ジョン・ボン・ジョヴィはインタビューで「もうやめたんだ。でも悪い感情はまったくない」と語っています。1994年に脱退したアレック・ジョン・サッチは、2022年に亡くなりました。
数字で見るBon Jovi
全世界での総セールスは1億3,000万枚を超えています。Billboard Hot 100で1位を獲得したのは「You Give Love a Bad Name」「Livin’ on a Prayer」(ともに1986年)、「Bad Medicine」「I’ll Be There for You」(ともに1988年)の4曲。トップ10ヒットは11曲を数えます。
『Slippery When Wet』は全米で1,500万枚(15×プラチナ)を売り上げ、1987年の年間ベストセラーアルバムになりました。グラミー賞は2007年に「Who Says You Can’t Go Home」で最優秀カントリー・コラボレーションを受賞。2018年にはロックの殿堂入りを果たしています。
Bon Joviのおすすめ曲・アルバム
ここからは、キャリアの節目になったアルバムを発表順にたどりながら、それぞれの代表曲を1曲ずつ取り上げていきます。
3rd Album『Slippery When Wet』(1986年)
1986年8月18日リリース。プロデュースはブルース・フェアバーン。Billboard 200で8週にわたって1位を占め、トップ5には38週とどまりました。アメリカで1,500万枚(15×プラチナ)、1987年の年間ベストセラーアルバムです。
この1枚が、ハードロックというジャンルの立ち位置を変えました。歪んだギターとシャウトを保ちながら、サビは誰でも歌えるポップスの構造にする。その配合が完璧に決まった作品で、以降のいわゆるヘアメタル勢の教科書になりました。10曲すべてに聴きどころがある、という意味でも例外的なアルバムです。
『You Give Love A Bad Name』
1986年7月23日リリースの先行シングルで、Hot 100で1位。バンドにとって初の全米首位曲です。
「Shot through the heart」というあの一言から始まる曲。コーラスの分厚さと、リッチー・サンボラのギターの切れ味が最初の数秒で全部わかります。バンドの入口として、いまでもこの曲がいちばん強い1曲です。
『Livin’ On A Prayer』
1986年10月31日リリース、Hot 100で1位。バンドの代名詞であり、ロックのアンセムとして最も広く歌われている曲のひとつです。
トミーとジーナという労働者階級のカップルの物語を歌った曲です。リッチー・サンボラのトークボックスで始まり、最後のサビで転調して一段上がる——あの瞬間のためにこの曲は作られています。ライブでは客席の合唱がそのまま曲の一部になります。
『Wanted Dead Or Alive』
1987年3月2日リリース、Hot 100では7位。アルバムからの3枚目のシングルです。
ツアー生活を西部劇のガンマンに重ねたバラードで、アコースティックギターの導入部が有名です。「俺は鉄の馬に乗るカウボーイ」という一節は、ロックの歌詞としてもっとも引用されるもののひとつになりました。
収録曲
- Let It Rock
- You Give Love a Bad Name
- Livin' on a Prayer
- Social Disease
- Wanted Dead or Alive
- Raise Your Hands
- Without Love
- I'd Die for You
- Never Say Goodbye
- Wild in the Streets
4th Album『New Jersey』(1988年)
1988年9月19日リリース。プロデュースは前作と同じブルース・フェアバーン。Billboard 200で4週連続の1位、アメリカで700万枚を売り上げました。
特筆すべきは、この1枚から5曲がHot 100のトップ10に入ったことです。ハードロックのアルバムとしては当時の最多記録でした。前作の勢いをそのまま維持しながら、曲の幅を広げにいった作品で、ホーンやゴスペル的なコーラスも入ってきます。
『Bad Medicine』
1988年9月12日リリースの先行シングルで、Hot 100で1位。3作目に続いて全米首位を獲得しました。
「恋は悪い薬」という言葉遊びを、跳ねるリズムとハンドクラップで押し切る曲。ライブでの盛り上げ役として長く機能してきた曲で、彼らの陽性の側面を代表しています。
『I’ll Be There For You』
1989年2月リリース、Hot 100で1位。彼らにとって4曲目、そして現時点で最後の全米首位曲です。
「そばにいる」と歌うストレートなバラード。リッチー・サンボラの書いたギターのフレーズが全編を引っ張ります。彼らのバラードの型がここで完成し、以降の「Bed of Roses」「Always」につながっていきます。
収録曲
- Lay Your Hands on Me
- Bad Medicine
- Born to Be My Baby
- Living in Sin
- Blood on Blood
- Homebound Train
- Wild Is the Wind
- Ride Cowboy Ride
- Stick to Your Guns
- I'll Be There for You
- 99 in the Shade
- Love for Sale
5th Album『Keep the Faith』(1992年)
1992年11月3日リリース。プロデュースはボブ・ロック。Billboard 200では5位でしたが、全英アルバムチャートでは1位を獲得し、世界で約800万枚を売り上げました。
1980年代の成功の型を、自分から壊した作品です。ジョン・ボン・ジョヴィは髪を切り、歌詞には社会的な視線が入り、音は重心の低いロックへ変わりました。ハードロックが急速に流行から外れていった時期に、バンドとして生き残るための転換だったと言えます。
『Keep The Faith』
1992年10月7日リリースの先行シングルで、Hot 100では29位。数字は前作までに及びませんが、バンドの方向転換を宣言した重要な曲です。
刻むようなギターのカッティングと、腰の低いグルーヴで進む曲。派手なサビで押すのをやめ、演奏の厚みで聴かせる形に変わりました。ライブでは長尺のジャムに発展することも多い曲です。
『Bed Of Roses』
1993年1月11日リリース、Hot 100では10位。アルバムからの最大のヒット曲になりました。
ピアノから始まる長尺のバラードで、二日酔いの朝の情景から始まるという珍しい書き出しを持っています。彼らのバラードのなかでも特に人気が高く、日本でも定番の1曲です。
収録曲
- I Believe
- Keep the Faith
- I'll Sleep When I'm Dead
- In These Arms
- Bed of Roses
- If I Was Your Mother
- Dry County
- Woman in Love
- Fear
- I Want You
- Blame It on the Love of Rock & Roll
- Little Bit of Soul
ベスト盤『Cross Road』と「Always」(1994年)
1994年、初の公式ベストアルバム『Cross Road』が発表されました。ここに新曲として収められた1曲が、彼らのバラードのなかで最大のヒットになります。
『Always』
1994年9月12日リリース。Hot 100で4位に入り、バンドにとって11曲目、そして現時点で最後のトップ10ヒットとなりました。世界で300万枚以上を売り上げています。
抑えた歌い出しから、最後は絞り出すような高音へ駆け上がっていく構成の曲です。カナダ、アイルランド、スイスなど複数の国でチャートの1位を獲得しました。ジョン・ボン・ジョヴィの声の強さがもっとも分かりやすく出た1曲です。
7th Album『Crush』(2000年)
2000年5月から6月にかけてリリースされた7作目です。Billboard 200では初週11万5,000枚で9位、全英では5作連続の1位。アメリカで200万枚を超えるダブルプラチナに達しました。
『These Days』(1995年)から5年の間隔があき、バンドの位置が問われた時期の作品です。結果として、新しい世代のリスナーを大量に取り込む復活作になりました。バンドにとって初めてグラミー賞にノミネートされたアルバムでもあります。
『It’s My Life』
2000年5月8日リリースの先行シングル。2000年に世界で3番目に売れたシングルとなり、グラミー賞の最優秀ロック・パフォーマンス(デュオまたはグループ)にノミネートされました。
「Livin’ on a Prayer」のトミーとジーナが再登場する曲で、トークボックスも復活。「これは俺の人生だ、今しかない」という直球のメッセージが、当時の10代にも刺さりました。1980年代を知らない世代にとっての入口になった曲です。
収録曲
- It's My Life
- Say It Isn't So
- Thank You for Loving Me
- Two Story Town
- Next 100 Years
- Just Older
- Mystery Train
- Save the World
- Captain Crash & The Beauty Queen from Mars
- She's a Mystery
- I Got the Girl
- One Wild Night
16th Album『Forever』(2024年)
2024年6月7日リリースの最新作です。プロデュースはジョン・ボン・ジョヴィとジョン・シャンクス。Billboard 200で5位、全英で3位。2022年の声帯手術を経て作られた、復帰後最初のアルバムになりました。
音は意図的に明るく、1980年代の彼らを思わせる開けたロックに寄せています。手術からの回復が創作に向かう力になったと本人が語っており、アルバム全体に「まだやれる」という手応えが出ています。2025年10月24日には、ブルース・スプリングスティーン、ジェリー・ロール、ロビー・ウィリアムス、アヴリル・ラヴィーンらを迎えた『Forever (Legendary Edition)』も発表されました。
『Legendary』
2024年3月14日リリースの先行シングルです。7年ぶりのアルバムの1曲目に置かれました。
コーラスの分厚さと開けたサビ、という彼らの得意な形をそのまま踏襲した曲。声帯手術後の初シングルということで注目されましたが、結果として「戻ってきた」ことを示す名刺になりました。
『Living Proof』
2024年5月17日リリースの2枚目のシングルです。
「生きた証」という主題をミドルテンポのロックで歌う曲。40年続けてきたバンドが、自分たちの継続そのものを歌にしているという構図になっていて、キャリアの現在地がよく出ています。
収録曲
- Legendary
- We Made It Look Easy
- Living Proof
- Waves
- Seeds
- Kiss the Bride
- The People's House
- Walls of Jericho
- I Wrote You a Song
- Living in Paradise
- My First Guitar
- Hollow Man
日本との関わり|「Tokyo Road」と、最初に評価してくれた国
ボン・ジョヴィと日本の関係は、彼らのキャリアのほぼ最初から始まっています。初来日は1984年8月の「SUPER ROCK ’84 IN JAPAN」。デビューアルバムを出した直後の若手バンドとしての出演でしたが、日本ではそのデビュー作が初のゴールドディスクになりました。アメリカ本国よりも早く評価されたわけです。
その感謝をそのまま曲にしたのが、2作目『7800° Fahrenheit』(1985年)に収録された「Tokyo Road」です。ライブでも「日本のみんなが俺たちを最初に評価してくれた」と語っており、この関係は一貫しています。
『Tokyo Road』
1985年の2ndアルバム『7800° Fahrenheit』収録曲です。日本のファンへの感謝を込めて書かれた曲として知られています。
日本語の一節から始まり、そこからハードロックに突入する構成。曲の出来そのものよりも、駆け出しの時期に日本を主題にした曲を書いたという事実が、日本のファンとの関係を決定づけました。
日本公演の回数も突出しています。2013年12月の公演で日本公演は延べ100回に達し、2018年11月26日の東京ドーム公演は同会場では11度目——海外アーティストとしては最多の記録です。2001年には日本独自企画のベストアルバム『TOKYO ROAD〜ベスト・オブ・ボン・ジョヴィ-ロック・トラックス』が発売され、同年3月28日の横浜アリーナ公演では、そのアルバムの曲順どおりに本編が演奏されました。
リッチー・サンボラの離脱と、声を失いかけたボーカリスト
2013年、リッチー・サンボラがツアーを離れました。彼はギターだけでなく、コーラスとソングライティングの両面でバンドの半分を担っていた人物です。正式な理由は発表されず、ジョン・ボン・ジョヴィは「もうやめたんだ。でも悪い感情はまったくない」と語っています。現在のリードギターは、サポートを経て2016年に正式加入したフィル・Xが務めています。
もうひとつの危機は声でした。ジョン・ボン・ジョヴィは2022年に声帯の手術を受けます。歌手にとって声帯の手術は活動の存続そのものに関わる問題で、実際にツアーは長く止まりました。2024年のドキュメンタリー『Thank You, Goodnight: The Bon Jovi Story』(全4話)では、その過程が率直に記録されています。
そして2024年の『Forever』が、手術を経て作られた最初のアルバムになりました。2025年10月には豪華なゲストを迎えた再編集版が出て、2026年7月にはマディソン・スクエア・ガーデンから「The Forever Tour」が始まっています。ロンドン、ダブリン、エディンバラと続く日程で、40年以上前と同じ4人の中心メンバーのうち3人が、いまも同じステージに立っています。
まとめ|まずはこの3曲から
ボン・ジョヴィは、ハードロックを万人のものにしたバンドです。技巧を見せつけるのではなく、誰でも歌えるサビを作ることに全力を注いできました。だからこそ、ロックを普段聴かない人にも届き、40年以上たっても客席が埋まり続けています。
これから聴き始めるなら、まずは「Livin’ on a Prayer」「You Give Love a Bad Name」「It’s My Life」の3曲から。1980年代の完成形と、2000年代の再出発が、それぞれ1曲でつかめます。バラードから入りたい人は「Always」「Bed of Roses」へ。
アルバムを1枚選ぶなら、まずは『Slippery When Wet』。10曲のどこにも無駄がありません。トップ10ヒットを浴びたいなら『New Jersey』、転換期の重さを味わうなら『Keep the Faith』、いまのバンドを知るなら『Forever』が向いています。


