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Aerosmith(エアロスミス)のおすすめ人気曲・アルバム

※本記事にはプロモーションが含まれます。

Aerosmith(エアロスミス)は、1970年にアメリカのボストンで結成されたロックバンドです。ブルースを土台にした粘りのあるリフと、スティーヴン・タイラーの唯一無二のシャウトで70年代アメリカのハードロックを代表する存在になり、一度は薬物で崩壊しかけながら復活し、90年代には全米1位のバラードまで手にしました。半世紀にわたって現役だった、アメリカでもっとも長寿なロックバンドのひとつです。

日本で彼らの名前がとくに広く知られているのは、1998年の映画『アルマゲドン』の主題歌「I Don’t Want to Miss a Thing」でしょう。あの曲でエアロスミスを知った人は多いはずです。ただ彼らの本当の魅力は、その20年以上前に作った「Walk This Way」や「Sweet Emotion」のようなリフの曲にあります。ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。

この記事では、デビュー作から2025年の新作EPまでを発表順にたどり、代表曲を1曲ずつ紹介していきます。Run-D.M.C.との共演がロックとヒップホップの壁を壊した話、日本との長い関わり、そして2024年のツアー引退表明後の現在まで押さえるので、これから聴き始める人の入口として使ってください。

Aerosmithとは?

ボストンの5人と「トキシック・ツインズ」

エアロスミスは1970年、マサチューセッツ州ボストンで結成されました。ニューハンプシャーで出会ったスティーヴン・タイラーとジョー・ペリー、トム・ハミルトンを核に、ドラムスのジョーイ・クレイマーとギターのブラッド・ウィットフォードが加わって、以後半世紀にわたって続く5人編成が固まります。

音楽的な出発点はイギリスのブルースロックでした。ザ・ローリング・ストーンズやヤードバーズから受け取った黒っぽいリフを、アメリカのバンドとしてより荒く、より下品に鳴らす——それが彼らの発明でした。1973年のデビュー作は最初こそ売れませんでしたが、1975年の『Toys in the Attic』と1976年の『Rocks』で一気に頂点へ登ります。この2枚が、のちのガンズ・アンド・ローゼズやメタリカ、ニルヴァーナにまで影響を与えました。

しかし成功と同時に薬物への依存が深刻化します。ステージの上でも下でも薬物を手放さないタイラーとペリーはトキシック・ツインズ(毒の双子)と呼ばれ、バンドは内側から崩れていきました。1979年にジョー・ペリーが脱退、1981年にはブラッド・ウィットフォードも離脱。残ったメンバーで活動を続けたものの、往年の勢いは戻りませんでした。

転機は1984年です。2人が復帰してオリジナルの5人が再結集し、さらに1986年のRun-D.M.C.との「Walk This Way」共演で若い世代に名前が届きます。そして薬物とアルコールを断ち、外部の作曲家やプロデューサーの力も借りて作った1987年の『Permanent Vacation』で完全復活。90年代には『Pump』『Get a Grip』と大ヒットを連発し、「一度落ちてから登り直したバンド」の代表例になりました。

メンバー

ボーカルSteven Tyler(スティーヴン・タイラー)
リードギターJoe Perry(ジョー・ペリー / 1979〜1984年は不在)
ギターBrad Whitford(ブラッド・ウィットフォード / 1981〜1984年は不在)
ベースTom Hamilton(トム・ハミルトン)
ドラムスJoey Kramer(ジョーイ・クレイマー)

作曲の中心はタイラーとペリーですが、実は代表曲の出どころは意外に分散しています。「Sweet Emotion」はトム・ハミルトンのベースリフから生まれ、「Last Child」はブラッド・ウィットフォードとタイラーの共作。5人それぞれが曲の種を持ち込んでいたことが、アルバムの手触りの豊かさにつながっています。

なお2023年に始まった最後のツアーには、健康と家族を理由にジョーイ・クレイマーが参加せず、長年バンドのドラムテックを務めてきたジョン・ダグラスが代役に立ちました。オリジナルメンバー5人がそろってステージに立つ姿は、結果的にこれ以前が最後になっています。

数字で見るAerosmith

全世界での総売上は1億5,000万枚以上、うちアメリカだけで6,950万枚以上とされ、アメリカ出身のバンドとしては最上位クラスの記録です。ゴールドディスク25作、プラチナ18作、マルチプラチナ12作という認定数も、活動期間の長さをそのまま物語っています。

アルバムチャートでは、1993年の『Get a Grip』と1997年の『Nine Lives』が全米1位。『Get a Grip』は全世界で2,000万枚を超え、彼らのスタジオアルバムで最も売れた作品になりました。一方アメリカ国内での最多売上は1975年の『Toys in the Attic』(約900万枚)で、初期と復活後の両方に代表作を持っているのが彼らの強みです。

シングルでは、意外にも全米1位はたった1曲。1998年の「I Don’t Want to Miss a Thing」が唯一の全米1位(4週)です。逆にロック専門チャートでは常勝で、「Livin’ on the Edge」は当時のアルバムロック・チャートで9週にわたって首位を維持しました。グラミー賞は通算4回受賞。2001年にはロックの殿堂に迎えられています。

Aerosmithのおすすめ曲・アルバム

ここからはスタジオアルバムを発表順にたどります。エアロスミスは全15作のスタジオアルバムを残しており、番号もその順番です。低迷期の作品(6作目『Night in the Ruts』/7作目『Rock in a Hard Place』/8作目『Done with Mirrors』)と後期の2作(14作目『Honkin’ on Bobo』/15作目『Music from Another Dimension!』)は個別のセクションを立てず、本文中で触れています。

1st Album『Aerosmith』(1973年)

1973年1月5日発売のデビューアルバム。発売当初はほとんど売れず、ボストンのローカルバンドの1枚という扱いでした。ところが3年後、後述する「Dream On」の再シングル化をきっかけに再評価され、1976年になって全米21位まで上昇するという珍しい経過をたどります。

内容はブルースロックとバラードが同居した、荒削りだが芯のある作品です。この時点でエアロスミスの二本柱——ジョー・ペリーの汚れたリフと、スティーヴン・タイラーのメロディセンス——がはっきり示されています。ラストにはルーファス・トーマスのカバー「Walkin’ the Dog」を置き、自分たちのルーツを明言していました。

『Dream On』

エアロスミス最初の代表曲であり、いまも最重要曲のひとつ。1973年のシングル発売時は全米59位にとどまりましたが、ボストンのラジオでは鳴り続けていました。1975年末に再発売されると1976年4月10日に全米6位まで上昇し、デビュー作ごと売れ直すという逆転が起きます。メロトロンの響きに乗った静かな導入から、最後の「Dream on!」の連呼まで一気に登っていく構成。ハードロックバンドが書いた壮大なバラードの原型として、後続に与えた影響は絶大です。

『Mama Kin』

タイラーがゴミ捨て場で拾ったアコースティックギターで書いたという曲。曲名の意味を問われた本人は「すべての母親だ」と答えており、自分の出どころとのつながりを歌ったものだと語っています。ホーンセクションが効いた土臭いロックンロールで、ライブの定番として長く演奏されました。のちにガンズ・アンド・ローゼズがカバーしたことでも知られ、次の世代がエアロスミスの初期をどう見ていたかが分かる1曲です。

収録曲

  1. Make It
  2. Somebody
  3. Dream On
  4. One Way Street
  5. Mama Kin
  6. Write Me a Letter
  7. Movin' Out
  8. Walkin' the Dog

2nd Album『Get Your Wings』(1974年)

1974年3月15日発売、全米74位。以後の黄金期を支えるプロデューサー、ジャック・ダグラスと組んだ最初の作品です。音の輪郭が前作より格段にはっきりし、バンドとしての体力が付いたことがそのまま伝わります。

この頃の彼らはまだ売れておらず、レコード会社の判断でセッションミュージシャンが起用されている箇所もあります。「Same Old Song and Dance」のサックスはブレッカー・ブラザーズのマイケル・ブレッカー、ギターソロはディック・ワグナーが弾いています。それでも作品としての勢いは本物で、「次のアルバムで爆発する」直前の助走がよく分かる1枚です。

『Same Old Song and Dance』

アルバム1曲目。ジョー・ペリーがボストンの自宅アパートで作ったリフに、タイラーがその場で歌をのせて完成したという成り立ちです。ホーンが絡む跳ねたグルーヴは、彼らがブルースだけでなくソウルやファンクの引き出しも持っていたことを示しています。エアロスミスらしい「歩くようなテンポのロック」の完成形がここにあり、ライブでも長く演奏され続けた定番曲です。

『Train Kept A Rollin’』

ティニー・ブラッドショーの原曲をヤードバーズが有名にしたブルースナンバーのカバー。ジョー・ペリーは「メンバー全員が共通して知っていた唯一の曲」と語っており、バンドの原点を示す選曲でした。前半のスタジオ録音から後半のライブ風パートへ切り替わる構成が特徴で、その歓声は実際には『バングラデシュ・コンサート』のアルバムから流用されたものです。エアロスミスのライブでは長年オープニングやアンコールを飾ってきました。

収録曲

  1. Same Old Song and Dance
  2. Lord of the Thighs
  3. Spaced
  4. Woman of the World
  5. S.O.S. (Too Bad)
  6. Train Kept A Rollin'
  7. Seasons of Wither
  8. Pandora's Box

3rd Album『Toys in the Attic』(1975年)

1975年4月8日発売、全米11位。アメリカ国内で約900万枚を売り、彼らのスタジオアルバムで最大のセールスを記録した作品です。プロデューサーは前作と同じジャック・ダグラス。エアロスミスを1枚だけ聴くなら、まずこれを選ぶべき作品と言っていいでしょう。

変わったのは曲の切れ味です。無駄な部分がそぎ落とされ、リフが前に出て、ボーカルの言葉数が増えました。ブルースの型を守りながら、アメリカのラジオで通用するポップな骨格を手に入れた——この両立が本作の達成です。ジャケットの屋根裏のおもちゃの絵も含め、いま見ても隙のない一枚です。

『Toys in the Attic』

アルバム1曲目の表題曲。3分に収まるスピードチューンで、ジョー・ペリーとブラッド・ウィットフォードの2本のギターが噛み合う瞬間の快感が凄まじい曲です。「屋根裏のおもちゃ」というタイトルどおり、記憶の奥にしまい込んだものを引きずり出すような歌詞。のちのスラッシュメタル勢がテンポの参照点にしたとも言われ、エアロスミスがハードロックの枠でどれだけ速く鳴れたかを示す1曲です。

『Walk This Way』

エアロスミス最大の代表曲。1974年12月、ホノルルのサウンドチェック中のジャムから生まれた曲で、ジョー・ペリーはニューオーリンズのファンクから発想を得たと語っています。曲名はスタジオの休憩中に観たメル・ブルックスの映画『ヤング・フランケンシュタイン』の場面から採られました。1975年8月28日にシングル発売され、1977年初頭に全米10位まで到達。あの一度聴けば忘れられないリフと、早口でたたみかけるボーカルの組み合わせは、11年後に思わぬ形で音楽史を動かすことになります(詳しくは後述)。

『Sweet Emotion』

1975年に全米36位を記録した曲で、出発点はトム・ハミルトンのベースリフでした。トークボックスを通したギターが「スウィート・エモーション」と喋るような導入から、ゆったりしたグルーヴ、そして後半の急加速へ。3つの表情を1曲に押し込む構成が絶妙です。エアロスミスにとって初めて全米トップ40に入ったシングルでもあり、彼らの成功はこの曲から始まりました。ライブでも「Walk This Way」と並ぶ看板曲です。

収録曲

  1. Toys in the Attic
  2. Uncle Salty
  3. Adam's Apple
  4. Walk This Way
  5. Big Ten Inch Record
  6. Sweet Emotion
  7. No More No More
  8. Round and Round
  9. You See Me Crying

4th Album『Rocks』(1976年)

1976年5月13日発売、全米3位。セールスでは『Toys in the Attic』に及びませんが、ミュージシャンからの評価はこちらが上という珍しい作品です。実際、この1枚を人生の分岐点として挙げるロックミュージシャンは驚くほど多くいます。

ガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュは「このアルバムがギターを始めるきっかけで、人生を変えた」と語り、メタリカのジェームズ・ヘットフィールドもエアロスミスがギターを弾きたいと思った理由だと述べています。カート・コバーンは自身の日記に本作を愛聴盤として書き残していました。つまり80年代のハードロックと90年代のオルタナティブ、その両方の源流がこの1枚にあるということです。

『Back in the Saddle』

アルバム1曲目、全米38位。ジョー・ペリーが6弦ベースで書いたという成り立ちが、あの異様に重たいリフの正体です。西部劇のような効果音とタイラーの絶叫が絡み、曲というより襲撃のような迫力があります。エアロスミスの「怖さ」を代表する1曲であり、2025年のYungbludとのEPで再構築されたのも納得の選曲でした。ここから『Rocks』を聴き始めると、このバンドの本気の顔が分かります。

『Last Child』

ブラッド・ウィットフォードとタイラーの共作で、全米21位。ファンクの跳ね方をそのままハードロックに持ち込んだ曲で、静かなイントロから一転してカッティングが始まる展開が最高に気持ちいいです。ジョー・ペリーが書いていない曲でここまでエアロスミスらしくなるところに、バンドとしての層の厚さが表れています。リズムの気持ちよさで聴かせるタイプの曲が好きなら、まずこれをおすすめします。

収録曲

  1. Back in the Saddle
  2. Last Child
  3. Rats in the Cellar
  4. Combination
  5. Sick as a Dog
  6. Nobody's Fault
  7. Get the Lead Out
  8. Lick and a Promise
  9. Home Tonight

5th Album『Draw the Line』(1977年)

1977年12月9日発売、全米11位。商業的には成功しましたが、制作の裏側は壮絶でした。録音場所はニューヨーク州ウェストチェスター郡にある廃修道院。薬物から引き離すために都市から隔離するという狙いでしたが、まったく機能しませんでした。

ジョー・ペリーは当時を「午後4時か5時に起きて『ブラック・ルシアンを一杯』と言うんだ」と振り返り、ジョーイ・クレイマーは「あのセッションでシラフだったことがあるかどうか分からない」と語っています。それでも出来上がった音には荒れた凄みがあり、この直後にバンドは坂を転がり落ちていきます。1979年の6作目『Night in the Ruts』の制作中にジョー・ペリーが脱退し、1982年の7作目『Rock in a Hard Place』はタイラーとハミルトン、クレイマーだけで作られました。

『Draw the Line』

全米42位の表題曲。スライドギターが引きずるように鳴り、タイラーの歌は言葉が崩れる寸前まで走ります。「線を引け」というタイトルが、そのまま当時の彼らの限界を示しているような曲です。整った演奏ではありませんが、この危うさこそが70年代エアロスミスの魅力の一部でした。黄金期の最後を記録した曲として聴くと、また違った重みがあります。

収録曲

  1. Draw the Line
  2. I Wanna Know Why
  3. Critical Mass
  4. Get It Up
  5. Bright Light Fright
  6. Kings and Queens
  7. The Hand That Feeds
  8. Sight for Sore Eyes
  9. Milk Cow Blues

9th Album『Permanent Vacation』(1987年)

1987年8月25日発売、全米11位・アメリカで500万枚超。1984年にジョー・ペリーとブラッド・ウィットフォードが復帰し、1985年の8作目『Done with Mirrors』で再始動したものの結果が出なかった彼らが、本当に復活を果たしたアルバムです。

方法は明快でした。プロデューサーにブルース・フェアバーンを迎え、ボン・ジョヴィやハートにヒットを書いていた外部ソングライターのデズモンド・チャイルドとジム・ヴァランスを制作に加えたのです。「自分たちだけで書く」という70年代のやり方を捨てた判断は当時ファンの議論を呼びましたが、結果としてMTV時代に通用する曲が生まれ、バンドは第二の全盛期に入りました。

『Dude (Looks Like a Lady)』

復活を告げた全米14位のシングル。ホーンセクションを前面に出したファンキーなリフに、タイラーの早口が乗る痛快な曲です。デズモンド・チャイルドとの共作で、ポップな輪郭を持ちながらエアロスミスらしさをまったく失っていないのが見事なところ。ユーモアのあるミュージックビデオがMTVで大量に流れ、彼らを「懐かしのバンド」から「いま売れているバンド」へ引き戻しました。復活後の1曲目に聴くならこれです。

『Angel』

全米3位を記録した、彼らにとって当時最大のヒットとなったバラード。こちらもデズモンド・チャイルドとの共作で、シンセサイザーを効かせた80年代的な音作りが徹底されています。エアロスミスの「泣かせるバラード」の路線は「Dream On」から続いていますが、それを完全にラジオ向けに研ぎ直したのがこの曲でした。日本では2005年のフジテレビ系ドラマ『エンジン』のオープニングテーマに使われ、この曲で彼らを知った人も少なくありません。

『Rag Doll』

全米17位。ジム・ヴァランスらとの共作で、ホーンとスライドギターが絡む古いアメリカ音楽の香りが強い曲です。1930年代風の映像を織り込んだミュージックビデオも印象的で、「復活した彼らはただ流行に乗ったのではなく、自分たちのルーツをポップに再提示している」ことがよく分かります。『Permanent Vacation』の3枚のシングルはすべて性格が違い、この振れ幅がアルバムの成功を支えました。

収録曲

  1. Heart's Done Time
  2. Magic Touch
  3. Rag Doll
  4. Simoriah
  5. Dude (Looks Like a Lady)
  6. St. John
  7. Hangman Jury
  8. Girl Keeps Coming Apart
  9. Angel
  10. Permanent Vacation
  11. I'm Down
  12. The Movie

10th Album『Pump』(1989年)

1989年9月12日発売、全米5位・アメリカで700万枚超。前作の路線を引き継ぎながら、バンドとしての演奏の芯が戻ってきた作品です。曲と曲のあいだに民族楽器を使った短いインストゥルメンタルを挟む構成も特徴で、単なるヒット曲の詰め合わせにしない工夫が効いています。

そしてこのアルバムから、エアロスミスは初めてグラミー賞を受賞します。受賞曲となった「Janie’s Got a Gun」は、それまでの彼らのイメージからすると異例の重いテーマを扱った曲でした。売れる方法を身につけたうえで、扱う内容も広げていく——復活後のバンドがただの再現ではなかったことを示す一枚です。

『Love in an Elevator』

全米5位、そして彼らにとって初めてメインストリーム・ロック・チャートで1位を獲得した曲。エレベーターのアナウンスから始まる小芝居、重いリフ、そしてサビでの開放感という展開が完璧です。下品な言葉遊びを全開にしながら演奏は緻密という、エアロスミスのおいしいところが全部入っています。復活期のライブでオープニングを務めることが多かった曲でもあり、勢いだけで押し切る力の強さは格別です。

『Janie’s Got a Gun』

全米4位、そしてエアロスミス初のグラミー賞受賞曲。父親から虐待を受けた少女が銃を手に取るという内容で、タイラーは銃犯罪を扱った雑誌記事から着想を得たと語っています。トム・ハミルトンとの共作で、緊張感のあるベースとストリングスが不穏な空気を作ります。デヴィッド・フィンチャーが監督したミュージックビデオも短編映画のような完成度で、この曲がバンドの表現の幅を一気に広げました。

『What It Takes』

全米9位のバラード。アコーディオンが鳴るカントリー寄りの導入から、サビで一気にロックバンドの音になる構成が心地よい曲です。「Angel」のような作り込んだ80年代バラードとは違い、こちらは演奏の生々しさが残っています。復活後のエアロスミスのバラードを2曲聴くなら「Angel」とこの曲。同じバンドの同じ路線で、こうも手触りが違うことに驚くはずです。

収録曲

  1. Young Lust
  2. F.I.N.E.*
  3. Going Down
  4. Love in an Elevator
  5. Monkey on My Back
  6. Water Song
  7. Janie's Got a Gun
  8. Dulcimer Stomp
  9. The Other Side
  10. My Girl
  11. Don't Get Mad, Get Even
  12. Hoodoo
  13. Voodoo Medicine Man
  14. What It Takes

11th Album『Get a Grip』(1993年)

1993年4月20日発売、全米1位・全英2位。全世界で2,000万枚を超え、エアロスミスのスタジオアルバムでもっとも売れた作品になりました。グラミー賞も2年連続で受賞しています(1994年「Livin’ on the Edge」、1995年「Crazy」)。

この時期の彼らを決定づけたのはミュージックビデオでした。「Cryin’」「Amazing」「Crazy」の3本にアリシア・シルヴァーストーンを起用した連作を作り、MTVを完全に占拠したのです。「Crazy」には当時16歳だったタイラーの娘リヴ・タイラーも出演し、彼女の映像デビューとなりました。「Cryin’」のビデオは1994年のMTVビデオ・ミュージック・アワードで、最優秀ビデオ賞を含む3部門を受賞しています。

『Livin’ on the Edge』

全米18位ながら、当時のアルバムロック・チャートで9週にわたって1位を独占した曲。1992年のロサンゼルス暴動をきっかけに書かれたと語られており、社会への不安をそのまま歌詞にしています。1994年のグラミー賞で最優秀ロック・パフォーマンス賞を受賞。エドワード・ファーロング(『ターミネーター2』の少年役)が出演したミュージックビデオも話題になりました。90年代エアロスミスの入口として、まずこの曲を推します。

『Cryin’』

全米12位・全英17位。アコースティックギターとハーモニカで始まり、サビで爆発するという構成は彼らのバラードの完成形です。そして何より有名なのがミュージックビデオでしょう。アリシア・シルヴァーストーンが恋人と決裂し、髪を切り、へその穴にピアスを開けて自分を取り戻していく——このピアスの場面が世界的に流行を生んだとまで言われています。1994年のMTVビデオ・ミュージック・アワードで最優秀ビデオ賞を受賞しました。

『Amazing』

全米24位。ピアノで静かに始まり、依存症から抜け出した自分をそのまま歌うタイラーの声が刺さるバラードです。「トキシック・ツインズ」と呼ばれた時代を経た人間が歌うからこそ成立する曲で、歌詞の重みは彼ら自身の履歴と切り離せません。ミュージックビデオはヴァーチャルリアリティを題材にした当時としては斬新な内容で、こちらもアリシア・シルヴァーストーンが出演しています。

『Crazy』

全米17位で、1995年のグラミー賞最優秀ロック・パフォーマンス賞受賞曲。ハーモニカとスライドギターが絡むブルース寄りのバラードで、3部作のビデオのなかでもとくに知られた1本です。アリシア・シルヴァーストーンとリヴ・タイラーの2人が学校を抜け出して旅に出るという内容で、リヴ・タイラーはこれが映像作品での初出演。数年後、彼女は父の歌う主題歌が流れる映画の主演を務めることになります。

収録曲

  1. Intro
  2. Eat the Rich
  3. Get a Grip
  4. Fever
  5. Livin' on the Edge
  6. Flesh
  7. Walk On Down
  8. Shut Up and Dance
  9. Cryin'
  10. Gotta Love It
  11. Crazy
  12. Line Up
  13. Amazing
  14. Boogie Man

12th Album『Nine Lives』(1997年)

1997年3月18日発売、全米1位。マネジメントの交代やプロデューサーの変更など制作は難航しましたが、結果として『Get a Grip』に続く2作連続の全米1位を達成しました。インドの楽器を取り入れた「Taste of India」など、実験的な要素が増えているのも本作の面白さです。

そしてこのアルバムからの「Pink」が、1998年のグラミー賞で最優秀ロック・パフォーマンス賞を受賞します。エアロスミスにとって4度目のグラミー受賞であり、90年代を通してロック部門の常連であり続けたことを裏づける結果でした。

『Pink』

全米27位ながらグラミー賞を受賞した曲。ピンクという色をめぐって言葉を転がし続ける歌詞は、タイラーらしい語感優先の作りです。ぐにゃりと歪んだギターと跳ねるリズムの組み合わせが独特で、90年代後半のオルタナ以降の空気もうまく取り込んでいます。奇抜な特殊メイクを使ったミュージックビデオも当時よく流れました。エアロスミスの遊び心が全開になった1曲です。

収録曲

  1. Nine Lives
  2. Falling in Love (Is Hard on the Knees)
  3. Hole in My Soul
  4. Taste of India
  5. Full Circle
  6. Something's Gotta Give
  7. Ain't That a Bitch
  8. The Farm
  9. Crash
  10. Kiss Your Past Good-Bye
  11. Pink
  12. Attitude Adjustment
  13. Fallen Angels

13th Album『Just Push Play』(2001年)

2001年3月5日発売、全米2位。打ち込みやループを大胆に取り入れ、当時の音に寄せた作品です。評価は分かれましたが、この時期の彼らの露出は絶大でした。同年1月28日にはスーパーボウルXXXVのハーフタイムショーに出演し、’N Sync、ブリトニー・スピアーズ、メアリー・J.ブライジ、ネリーとともに「Walk This Way」を演奏しています。

さらに同じ2001年、エアロスミスはロックの殿堂に迎えられました。全米1位アルバムを2作続け、スーパーボウルの舞台に立ち、殿堂入りする——70年代に一度崩壊したバンドが、ここまで戻ってきたことの意味は大きいはずです。以後は2004年にブルースのカバー集『Honkin’ on Bobo』、2012年に『Music from Another Dimension!』を発表しています。

『Jaded』

全米7位。エアロスミス後期を代表するシングルで、グラミー賞にもノミネートされました。ギターリフはこれまでどおり切れ味がありながら、コーラスの重ね方やビートの処理には2000年代の質感があります。日本では2004年の日本コカ・コーラのCMに使われ、あらためて広く知られました。「往年のバンドが現役として鳴っている」という状態を、この曲は素直に証明しています。

収録曲

  1. Beyond Beautiful
  2. Just Push Play
  3. Jaded
  4. Fly Away from Here
  5. Trip Hoppin'
  6. Sunshine
  7. Under My Skin
  8. Luv Lies
  9. Outta Your Head
  10. Drop Dead Gorgeous
  11. Light Inside
  12. Avant Garden

映画『アルマゲドン』主題歌『I Don’t Want to Miss a Thing』(1998年)

日本でもっとも知られているエアロスミスの曲は、皮肉なことにオリジナルのスタジオアルバムに入っていません。1998年の映画『アルマゲドン』のために書かれ、サウンドトラック『Armageddon: The Album』に収録された1曲です。

作曲はエアロスミスのメンバーではなく、数多くの映画主題歌を手がけてきたダイアン・ウォーレン。つまり彼らにとって完全な「他人の曲」でした。それでもこの曲が特別な意味を持つのは、映画のヒロインを演じたのがスティーヴン・タイラーの娘リヴ・タイラーだったからです。娘が主演する映画で、父親が別れの歌を歌う——この構図が、曲の受け取り方を決定的に変えました。

『I Don’t Want to Miss a Thing』

日本では1998年7月29日、アメリカでは8月18日に発売。Billboard Hot 100に初登場1位で入り、9月5日から10月3日まで4週にわたって首位を維持しました。結成から28年目にして初めての全米1位であり、結果的に唯一の全米1位でもあります。オーストラリア、アイルランド、ノルウェーなどでも1位を獲得し、アカデミー賞歌曲賞にもノミネート(受賞は『プリンス・オブ・エジプト』の「When You Believe」)。エアロスミスを「バラードのバンド」と思っている人が世界中にいるのは、ほとんどこの1曲のせいです。

13年ぶりの新作EP『One More Time』(2025年)

2025年11月21日、エアロスミスは2012年の『Music from Another Dimension!』以来13年ぶりとなる新曲を発表しました。イギリスのロックミュージシャン、Yungbludとの共作によるEP『One More Time』です。

全5曲のうち4曲が新曲で、作曲はスティーヴン・タイラー、ジョー・ペリー、Yungblud(本名ドミニク・ハリソン)、マット・シュワルツの共作。残る1曲は1976年の「Back in the Saddle」を2025年版として作り直したものです。ツアーからは引退したバンドが、40歳以上も年下のアーティストと組んで新曲を出すという選択そのものが、彼らの現在地をよく表しています。

『My Only Angel』

2025年9月15日に先行シングルとして発表された、EPの中心曲。Billboardのハード・ロック・ソング・チャートで1位を獲得し、これはエアロスミスにとって同チャート初の首位でした。タイラーとYungbludがボーカルを分け合う構成で、70年代のリフの感触と現代のロックの手触りが同居しています。声を痛めたあとのタイラーがどう歌っているのか——それを確かめる意味でも、いま聴くべき1曲です。

収録曲(EP)

  1. My Only Angel
  2. Problems
  3. Wild Woman
  4. A Thousand Days
  5. Back in the Saddle (2025)

Run-D.M.C.との「Walk This Way」が壁を壊した

エアロスミスの歴史でもっとも大きな出来事のひとつは、自分たちの意思ではないところから始まりました。1986年、Run-D.M.C.のアルバム『Raising Hell』の制作中、プロデューサーのリック・ルービンが棚から『Toys in the Attic』を引き出したのです。

Run-D.M.C.のメンバーは、それまで「Walk This Way」の短いブレイク部分をループさせてラップの下敷きに使っていただけで、原曲を通して知っていませんでした。ジョセフ・シモンズとダリル・マクダニエルズは歌詞を「田舎者のたわ言」と一蹴しましたが、ジャム・マスター・ジェイが強く推し、ルービンが「タイラーの歌い方を真似るのではなく、自然なラップとして乗せればいい」と説得して録音が実現します。

『Walk This Way』(Run-D.M.C. feat. Aerosmith)

結果は全米4位。オリジナルの10位を大きく上回り、ヒップホップのシングルとして初めてBillboardのトップ5に入るという歴史的な記録になりました。そして決定的だったのはミュージックビデオです。壁で隔てられた2組が互いの音に苛立ち、最後にタイラーとペリーがその壁を蹴り破って合流する——比喩がそのまま映像になっていました。ジョー・ペリーはのちにこう語っています。「本当に壁を壊したんだ。あの頃MTVにマイノリティのアクトはいなかったと思う。確かに扉を開けたはずだ」。ラップロックという分野の出発点であり、同時に落ち込んでいたエアロスミスを引き上げた一曲でもありました。

日本とAerosmith

エアロスミスの初来日は1977年、『Rocks』を携えたツアーでした。日本武道館、名古屋市公会堂、福岡などを回り、当時の日本ではクイーンやキッスと並ぶ人気の洋楽ロックバンドとして受け止められていました。

ところがその後、バンドの崩壊と重なって日本公演は途絶えます。次の本格的な来日は11年後の1988年。復活後のエアロスミスとして日本のファンの前に戻ってきた形でした。以後は関係が一気に深まり、1998年には海外アーティストとして初めて日本の4大ドームを回るツアーを実現。2002年には同じ4大ドーム規模のツアーを年に複数回行い、2004年、2011年、2013年にも来日しています。

楽曲が日本の日常に入り込んだ経路も多彩です。1998年の『アルマゲドン』で「I Don’t Want to Miss a Thing」が浸透し、2004年には「Jaded」が日本コカ・コーラのCMに、2005年には「Angel」がフジテレビ系ドラマ『エンジン』のオープニングテーマに使われました。ゲームの『DEAD OR ALIVE』シリーズにも楽曲が提供されています。

つまり日本におけるエアロスミスは、「70年代のハードロックバンド」として知られた層と、「映画やドラマ、CMで曲を聴いた」層が世代ごとに分かれて重なっている、という珍しい状態にあります。もし「I Don’t Want to Miss a Thing」からこの記事に来た人がいるなら、ぜひ『Toys in the Attic』まで遡ってみてください。同じバンドとは思えない発見があるはずです。

2024年のツアー引退と、いまのAerosmith

エアロスミスは2023年、「Peace Out」と名付けた最後のツアーを開始しました。しかし開幕からわずか1週間後の2023年9月、スティーヴン・タイラーが声帯を負傷してツアーは中断。診断では声帯の損傷に加えて喉頭の骨折も確認され、継続的な治療が必要な状態でした。

そして2024年8月2日、バンドはツアー活動からの引退を発表します。タイラーの声が完全に回復することは望めない、という判断でした。結成から54年。誰かが亡くなったからでも、仲違いしたからでもなく、声そのものが限界に達したという理由で終わりを迎えたのは、あのボーカリストのバンドらしい幕引きだったとも言えます。

ただし「終わり」は完全な終わりではありませんでした。2025年2月2日、タイラーは自身が主催するチャリティーイベント「Jam For Janie」のステージに立ち、引退発表後はじめて人前で歌います。そして同年、Yungbludとの共作で13年ぶりの新曲を発表。ジョー・ペリーもインタビューで、エアロスミスが完全に終わったとは考えていないと語っています。

大きなステージに立つ姿はもう見られないかもしれません。それでも彼らが音楽を作ることをやめていない、というのが2020年代のエアロスミスの現在地です。

まとめ

Aerosmith(エアロスミス)は、ブルースを土台にした荒っぽいリフのバンドとして始まり、薬物で自壊し、外部の力を借りて復活し、最後には全米1位のバラードまで手にしました。70年代の彼らと90年代の彼らは、同じバンドとは思えないほど違います。しかしどちらも本物で、どちらも山ほどの名曲を残しているのが、このバンドの得なところです。

最初の1枚に迷ったら、『Toys in the Attic』から入ってください。「Walk This Way」「Sweet Emotion」という2大代表曲を含み、9曲で40分弱という密度の高さが完璧です。そこで手応えがあれば、ミュージシャンたちが人生を変えられた『Rocks』へ。逆にヒット曲とミュージックビデオの時代から入りたい人は『Get a Grip』を選べば間違いありません。

曲単位で試すなら、まずは「Walk This Way」「Sweet Emotion」「Dream On」「Livin’ on the Edge」の4曲。ここに「I Don’t Want to Miss a Thing」を足せば、彼らの半世紀をだいたい一望できます。そして最後に、Run-D.M.C.版の「Walk This Way」と2025年の「My Only Angel」まで聴いてみてください。50年にわたって別のジャンルの若い世代と手を組み続けたバンドだったことが、そこで一本につながります。